伊勢・美濃編(49):明治村(14.9)

 ホテルに戻って荷物をとり、チェックアウトをして明治村へと向かいます。犬山駅東口からバスに乗って約二十分で明治村に到着。敗戦後の高度経済成長による開発事業で姿を消していく明治建築を保存するため、谷口吉郎博士(博物館明治村初代館長)と土川元夫氏(元名古屋鉄道株式会社会長)が協力して創設したのが、ここ明治村です。開村は1965(昭和40)年、保存している建物は67件、敷地は100万平方メートルだそうです。実は二十数年前の夏に訪れたことがあるのですが、その時は凄まじい酷暑で、喪家の狗のようにうろつくだけで落ち着いて見学することができませんでした。今回はお日柄もよく、じっくりと拝見できそうです。
 入場券を購入すると、「花子とアン」のロケ地マップが貼ってありました。NHK朝の連続ドラマには風馬牛、まったく興味がないのでこれは黙殺。欠かさず見ていた山ノ神だったら垂涎だろうなあ。
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 まずはネオ・ルネッサンス様式・煉瓦造の第八高等学校正門が出迎えてくれました。
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 大井牛肉店は二階ベランダとコリント式の柱が印象的な瀟洒な洋館です。でも玄関はむくり破風の庇に鶴の意匠という和のテイストもからめています。なお屋号の「大井」をあしらった腰石は、明治商家建築の特色だそうです。
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 三重県尋常師範学校は1888(明治21)年竣工、のちに移築されて蔵持小学校の校舎として使用されました。玄関の三連アーチとベランダが印象的です。
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 近衛局本部付属舎は、連続するアーチで構成されたアーケードが見どころ。宮城の守護と儀仗にあたる近衛局(後の近衛師団)の付属舎でしたが、後に皇宮警察の護衛所として使用されたそうです。
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 ぽつねんと佇む赤坂離宮正門哨舎は、赤坂離宮の門番が立哨していた建物。
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 おお、私の大好きな教会が現れたぞ。京都下京区にあった聖ヨハネ教会堂で、竣工は1907(明治40)年、設計はアメリカ人宣教師で建築家のガーディナーです。京都にある日本聖公会聖アグネス教会聖堂を設計したのも彼でしたね。一階が煉瓦造、二階が木造で白く塗られているため、重厚な意匠にもかかわらず軽やかな印象を受けます。なおこれは耐震性を考慮したためだそうです。
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 学習院長官舎は、黒塗り木造の無愛想な建物ですが、連続する縦長の大きな窓と玄関に対して斜めに設置されたポーチがチャームポイントになっています。なお乃木希展は赤坂の私宅から通ったので、ここには住まなかったそうです。
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 西郷従道邸は、隆盛の弟・従道が接客用に設けた洋館で、竣工は明治十年代と推定されています。彼は、度々海外視察に出掛け、国内では陸・海軍、農商務、内務等の大臣を歴任、在日外交官との接触も多かったために接客の場として建てたのですね。半円形にせりだしたベランダと手摺の意匠がチャーミングですね。部屋の天井には、整形した鉄板が貼られていました。
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by sabasaba13 | 2016-05-09 16:21 | 中部 | Comments(0)
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