伊勢・美濃編(50):明治村(14.9)

 東京盲学校車寄は、アールヌーボー風の装飾が施されたハーフティンバー(※柱・筋違いを表にあらわした構法)の洒落た物件です。本館も同様の意匠だったのですが、取壊しに際して車寄だけを移築し四阿として利用しているそうです。
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 次は何の変哲もないありふれた日本家屋ですが、これぞ森鴎外・夏目漱石住宅です。1887(明治20)年頃、医学士中島襄吉の新居として建てられましたが、空家のままであったのを、明治23年森鴎外が借家、一年余りを過ごしました。この家で「文づかひ」等の小説を執筆したそうです。そして1903(明治36)年から1906年までは夏目漱石が借りて住んでいました。漱石は、ここで『吾輩は猫である』を発表、文壇にその名を高めました。文中に描写された猫のためのくぐり戸もちゃんとありました。
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 この小説は時々無性に読み返したくなります。「少し人間より強いものが出て来ていじめてやらなくてはこの先どこまで増長するか分からない」「理はこっちにあるが権力は向うにあるという場合に、理を曲げて一も二もなく屈従するか、または権力の目を掠めて我理を貫くかといえば、吾輩は無論後者を択ぶのである」といった辛辣なる批判精神には脱帽です。なお詩人・川崎洋が『悪態採録控』(ちくま文庫)の中で紹介していますが、漱石の悪態もなかなか魅力的です。
 植木屋の楓見たような小人
 煮え切らない愚図
 腑抜けの呆助
 ハイカラ野郎のペテン師のイカサマ師の猫被りの香具師のモモンガーの岡っ引きのわんわん鳴けば犬も同然な奴
 夏分の水飴のようにだらしがない
 吹い子の向う面め
 正月野郎
 高慢ちきな唐変木
 オタンチン、パレオロガス
 最後の悪態をめぐる苦沙弥夫妻のやりとりは傑作です。「パレオロガス」で検索をかけてみてください。なお『坊つちやん』と『二百十日』に出てくる悪態は、熨斗をつけてクール宅急便で安倍伍長を筆頭とする1%のお歴々に、われわれ99%から進呈したいですね。
 こんな奴は沢庵石をつけて海の底へ沈めちまふ方が日本の為だ。

 やっぱり、金があり過ぎて、退屈だと、そんな真似まねがしたくなるんだね。馬鹿に金を持たせると大概桀紂になりたがるんだろう。僕のような有徳の君子は貧乏だし、彼らのような愚劣な輩は、人を苦しめるために金銭を使っているし、困った世の中だなあ。いっそ、どうだい、そう云う、ももんがあを十把一ぱひとからげにして、阿蘇の噴火口から真逆様まっさかさまに地獄の下へ落しちまったら。

by sabasaba13 | 2016-05-10 06:31 | 中部 | Comments(0)
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