伊勢・美濃編(57):明治村(14.9)

 宗教大学車寄は、バロック風の大屋根を頂く壮大な本館が解体されるのを惜しみ、その俤を残すこの車寄部分を移築したそうです。
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 「無声堂」は、金沢にあった第四高等学校の武術道場です。古来、武士のたしなみとして剣術、柔術、水術等様々な武道が伝えられてきましたが、明治初年の新しい学校体育では体操が中心で、武道はとりあげられませんでした。1882(明治15)年に嘉納治五郎が柔道を創始して古武道の改革をはかりますが、これが下地となって、日清戦争後、15歳以上の強壮者に対し武道を正課外で習わせることが認められました。明治後期になると、国内全般に尚武的気風が高まり、それまで欧米式体育に対する反省もあって、学校体育に武道が加えられるようになったそうです。この「無声堂」は、柔道、剣道、弓道三つの道場を兼ね備えた大きな洋風建築物です。柔道場では床の弾力を増すため床下にスプリングを入れ、剣道場では音の反響を良くするため床下に共鳴用の溝を掘ってあります。
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 次は、日本赤十字社中央病院病棟。西南戦争の際に、敵味方の区別なく傷病兵の救護に当たった博愛社が、1886(明治19)年のジュネーブ条約に加盟によって、日本赤十字社と改名。その際に皇室から渋谷の御料地の一部と建設資金10万円が下賜され、この病院が建設されました。設計は、赤坂離宮と同じ片山東熊です。防湿・採光・換気のための大きなガラス窓が印象的ですね。患者の気鬱をはらすためでしょうか、棟上の換気塔など遊び心にあふれた意匠です。
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by sabasaba13 | 2016-05-17 06:55 | 中部 | Comments(0)
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