伊勢・美濃編(66):明治村(14.9)

 川崎銀行本店は、ルネッサンス様式を基調とした本格的銀行建築で、竣工は1927(昭和2)年。設計者の矢部又吉は、ドイツのベルリン工科大学に学び、帰国後多くの銀行建築を設計しましたが、この建物はその代表作です。東京の中心地、日本橋のシンボルとして永く人々に親しまれてきたこの建物は、1986(昭和61)年にビル立て替えのため惜しくも取り壊され、正面左側角の外壁部分が明治村へ移築されました。なお最上階からの眺望はなかなかいいですよ。
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 内閣文庫は、1873(明治6)年に赤坂離宮内に太政官文庫という名で開設された明治政府の中央図書館です。その後内閣文庫と改称され、1971(昭和46)年に国立公文書館が設立されるまで、内外の古文書研究家に広く利用されました。この建物は本格的なルネッサンス様式のデザインで、明治のレンガ・石造建築の教科書的作品です。
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 宮津裁判所法廷は、京都府宮津にあった地方裁判所の刑事法廷棟です。明治初期において、上級審は洋風煉瓦造が多いのに対して、宮津裁判所は和洋折衷で建てられています。内部では、蝋人形によって裁判風景が復元されていました。高い壇上に裁判官と検事、書記が座を占め、弁護士、被告人は下段に置かれていますね。「人民は弱し、官吏と国家は強し」と、肉体に直截的に刻み込むための仕掛けなのでしょう。
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 高田小熊写真館は、昔から豪雪地として知られ、日本のスキー発祥の地である越後高田の街なかに、1908(明治41)年頃に建てられた洋風木造二階建ての写真館です。あっ、ちょっとここで半畳を入れましょう。お気づきのように明治村HPの解説をもとに(というかほとんどコピー)書いておりますが、「日本のスキー発祥の地である越後高田」という一文には留保をつけましょう。おそらくテオドール・フォン・レルヒ少佐のことを念頭においているのだと思いますが、実はそれをさかのぼること七年前、1904(明治37)年に、野辺地の豪商野村治三郎が外国の雑誌でスキーのことを知り、東京の丸善を通じてスキーを試作させ、自らも滑っているのですね。というわけでスキー発祥の地は野辺地です。
 閑話休題。外観は愛らしい瀟洒な洋館で、きっと写真を撮りに来た人たちはわくわくしたでしょう。屋根に大きなガラス窓がありますが、これはやわらかい北からの外光を写場(スタジオ)に取り入れるためですね。階下には応接間、暗室、作業室兼用の居室があり、二階に写場が設けられています。光景を調節するための白黒天幕や、「書割」と呼ばれる背景もありました。
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 菊の世酒蔵は、和風瓦葺の蔵。もともとは穀物蔵として造られたものを、1895(明治28)年に移設されて菊廣瀬酒造の仕込み蔵として利用したそうです。吹き放ちの庇が重厚な雰囲気です。
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by sabasaba13 | 2016-06-05 06:38 | 中部 | Comments(0)
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