伊勢・美濃編(69):明治村(14.9)

 玄関にボランティア・ガイドの女性がいらしたので、移築に関するエピソードなどを伺っていると、この建物の特徴であるスクラッチ・タイル(すだれ煉瓦)は解体時にほとんどが壊れてしまい現在のものはレプリだと教えてくれました。しかしオリジナルのタイルが入口の柱のところに残っているとのこと、さっそく案内していただきました。おおっ、なるほど、レプリカとの違いは一目瞭然。表部分のスクラッチ(引っ掻き)模様が機械によって整然かつ無機的に刻まれたレプリカに対して、オリジナルのものは職人が手仕事で刻んだのでしょう。不揃いで微妙に曲がっていて所々にダマがある、味のある風情です。ガイドさんによると、愛知県常滑市で作られた国産品で、250万個使われたそうです。なるほど、工期と工費が大幅にオーバーしてライトが解雇されたのも納得です。
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 なおインターネットで調べてみると、面白いことがわかりました。ライトの要求した煉瓦をアメリカの会社から取り寄せると莫大な金額になってしまうと、支配人・林愛作を中心とする帝国ホテル重役陣は頭を抱えてしまいました。その重役の中にいたのが村井吉兵衛、そう、岩谷松平と覇を競った煙草王です。京都では彼が作った日本初の洋式工場「村井機械館」を、熱海では彼が建立した「金色夜叉の碑」を見たことがあります。その彼が、京都に建てた別荘・長楽館に同じような黄色い煉瓦が使われているのを思い出し、出所の調査を約束します。数日後、林愛作のもとへ村井吉兵衛より連絡が入り、常滑の久田吉之助が作った煉瓦であると言うことが分かりました。早速、林愛作とフランク・ロイド・ライトは常滑へ向かい、ライトは久田が焼いた煉瓦の色に惹かれた様で、林は常滑に「帝国ホテル煉瓦製作所」を直営で建てる決意をしました。しかし、この久田吉之助は、関係者から「詐欺師」と言われた人物で、一個のスダレ煉瓦も焼かずに死んでしまうのです。久田は小さい頃から放蕩の限りをつくした荒くれ者でしたが、持ち前のエネルギーをプラスに働かせ、地元の地場産業である窯業に取り組み、新しい煉瓦や平瓦の製作に精を出します。その矢先に帝国ホテルの話が舞い込んだのですが、その仕事ぶりに林は呆れ果ててしまいます。嘘をつく、約束を守らない、提供した石炭を勝手に転売してしまう… たまりかねた林は、帝国ホテルクリーニング部主任の牧口銀司郎を常滑に送り込み、技術顧問として有田焼窯元の寺内信一の協力を得て、もう一つの煉瓦工場を開設しました。しかし久田吉之助は夢のような大仕事をとられた腹いせに、牧口の工場を壊すは暴力を振るうは、挙句の果てに警察まで巻き込む大騒動を起こしてしまいます。結局、久田吉之助は夢の大仕事を失い、自身が病気であったことにも気づかず、その年の年末に1個のスダレ煉瓦も焼かないまま病死してしまいました。そして再スタートした帝国ホテル煉瓦製作所は順調に製作し始め、技術指導は地元常滑で土管製造をしていた伊奈初之烝、長三郎親子に引き継がれ、予定より2年遅れで煉瓦を完納します。その後、役目を終えた帝国ホテル煉瓦製作所は伊奈家が居抜きで引き継ぐ形となり、タイル、陶管、テラコッタを製造する会社として伊奈製陶株式会社(現在の株式会社INAX)が設立されました。おしまい。
 スクラッチ・タイルひとつをとっても、これだけのドラマと歴史があるのですね。そして久田吉之助というハチャメチャな人物、ちょっと興味がありますね。記憶の引き出しに入れておきましょう。

 本日の六枚、帝国ホテルの光と影です。
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by sabasaba13 | 2016-06-10 06:41 | 中部 | Comments(0)
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