伊勢・美濃編(70):明治村(14.9)

 そうそう、ある部屋に「ポーツマス条約調印のテーブル」がありました。ニューヨーク州トロイ市のレンスシア工科大学に保管されていましたが、奨学資金提供を機縁にここ明治村に寄贈されたとのことです。なおこうした旅行記を書いていると、関連した事物にふれた本によく出会います。これも旅をする喜び、本を読む楽しみの一つなのですが、今回は『思想の折り返し点で』(久野収/鶴見俊輔 岩波現代文庫)でした。以下、引用します。
[鶴見] 司馬遼太郎さんの『このくにのかたち』という、月刊『文藝春秋』の巻頭論文を集めた本の第一冊が出たんですが、私はとても感心しました。司馬さんは現代に対して単純な感情を持っている。先の戦争中に戦車隊の小隊長で(埼玉県)熊谷にいた。アメリカ軍が東京へ上陸してきたらどうなるか、ということを中隊長に聞いた。難民が東京からどんどんこちらにやってくる。戦車が動かない。どうするのかと聞いたら、「難民を踏みにじって東京へ進軍する」と中隊長がいった。その時、司馬さんは「もうダメだ。終わりだ。人民を敵として踏みにじって何を守るのか」と思った。
 この時の国家の指導体制に対する不信の感情。それが45年間ずっと司馬さんのライトモチーフになっている。自分は日露戦争の終わりまでで筆をとどめる。日露戦争の終わりから違う日本になった、という考えですね。
[久野] 日露戦争の勝利で、日本国家は自浄の制度や能力を意に介さずに"向上"的堕落を始めたんです。
[鶴見] 司馬さんはそこまでしかいわない。高度成長以来、似たような図式になっているように私には思えます。私の言葉で言えばどこが似ているかというと、原理原則を考えないで、手続きに埋もれてしまう考え方になっていると思うんです。
 これは、日露戦争後もそうなんで、どうすれば陸軍大学に行って少将、中将、大将になれるかという"手続き"の問題があって、どうすれば日本が負けないですむとか、そういうことは考えない。軍人の任務は、そのことを考えることなのに、そういうことを考えなくなっちゃう。軍人は凶器を持っているわけだから、どうすれば暴れ回らないようにできるかという自己統制の問題も落っこっちゃう。凶器を持っている人間の集団が、いったいどうすれば凶器を使わないですむかというのが軍の原理問題でしょう。そのことがわからなくなってしまうから、二・二六事件が起こっても、これに対しても無統制になっていく。ノモンハンでさんざん負けたにもかかわらず、その負けをひた隠しに隠すことに追われる。全部、「手続き」です。つまり少将が中将になりたい。中将が大将になりたいから、ノモンハンの敗北を国民にかくす。国民は軍の力を信頼して大東亜戦争に入ってゆく。それは「手続き」の問題。
 その状態に、いまは似ている。いまの「手続き」問題は、いい小学校へ入るためにいい幼稚園、いい中学校に入るために私立のいい小学校、いい高校へ入るために私立のいい中学校、そしていい大学へ入るためにいい高校。そこで終わっちゃうわけで、これは全部、「手続き」の問題です。
 どのようにしたら学問をやれるか。弾力性のある人間をつくれるかという「原理」の問題が落ちている。これは「手続き」であって、社会学の言葉でいえば、「原理」ではない「中間原理」なんです。マンハイムのいうプリンシピア・ミーディアということ。中間原理を「原理」に代行させるということですね。どうしたら代議士になれるかとか、それは親の看板を継ぐのが一番いいとか、そういうのはみんな「手続き」なんです。
[久野] あたかもそれがベストで、それしかないかのようにね。
[鶴見] 注意をそこに集中すると、いまの社会の中では成功は得やすい。能率なんですよ。それがおそろしい。能率に心を奪われるというのはそれなんです。だけど、「原理」の問題は能率とちょっと違う。基礎科学みたいなもので、すぐにカネを生まない。売れる自動車。これは「手続き」の問題ですが、それと自動車をつくる「原理」とは違うでしょう。能率を追いかけていくと大体「手続き」になっちゃう。
[久野] 原理と技術の違いです。(p.176~9)
 欧米列強と対等な国になろうという「原則」が達成されたのが日露戦争、その後日本は新たな「原則」を見出せず、能率をひたすら追求する「手続き」に埋没してしまう、ということでしょうか。久野氏が言われた「向上的堕落」という言葉が心に残ります。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-06-11 06:50 | 中部 | Comments(0)
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