伊勢・美濃編(71):明治村(14.9)

 というわけで、近代化遺産の宝庫、明治村の見学を終えました。ここであらためて、近代とは何なのか、そして日本の近代化とは何なのかについて考えてみるのも悪くないでしょう。

 まず近代とは何か。その起点は、18世紀中頃のイギリスで起こった産業革命(=機械化による大量生産システム)でしょう。その結果、自分たちが必要とする以上の物を作り出し、大量に作った物を売って莫大な利益を得るようになります。ではどうすれば、効率よく良質な商品を大量につくれるのか? これには二つの側面があると思います。
 第一に、個人がエネルギッシュかつ自発的に働き努力すること。個人は一部の選良(エリート)と、大多数の大衆に分けられます。エリートは一所懸命に勉強して知識や技術を身につけ、より効率的で生産性が高く、かつ利益があがる機械・技術・システムをつくる。大衆は、分相応の範囲でそうした機械・技術・システムに習熟し、従順・愚直・真面目に働く。そのエートスを支えるのが、国家への忠誠心と競争原理です。誰の助けも当てにせずに懸命に働き、他人を蹴落とせば富や社会的地位が入るし、それが国威発揚につながる。
 第二に、強力な司令塔としての中央政府がエリートや大衆を指揮・管制し、社会を効率的に動かして生産性を最大限にあげること。そのために、人びとのエネルギーを結集し、教育を通じて国家意識を高揚させること。
 さらに19世紀になると、より多くの原材料を確保し、市場を拡大するために、植民地が必要となります。強力な軍事力を持っていれば、植民地を広げることができるし、恫喝により有利な貿易条件(不平等条約)を獲得できるし、ライバル諸国を屈服させることもできる。また治安を維持するための暴力装置としても有用です。
 というわけで、近代とは生き馬の眼を抜くような厳しい競争の時代です。その結果、少数の成功者と多数の失敗者からなる世界でもあります。要領がよければ、エネルギッシュかつ自発的に働き努力する国民をつくりだし、彼らを管制する中央政府が強権を握り、莫大な利益を生む経済力を手中にし、この三者をもとにした強力な軍隊を持てれば、陽の当る場所を占有できる。それができない要領の悪い国は、植民地にされ、あるいは不平等条約を押しつけられ、舞台の隅っこに蹴りやられて冷飯を喰わされる。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-06-13 08:51 | 中部 | Comments(0)
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