伊勢・美濃編(73):明治村(14.9)

 そして日本は見事に近代化に成功しました。強力な軍隊とそれを支える工業力、国家と天皇への忠誠心にあふれる国民と、かれらを管制する強権的な中央政府。ブラービ。
 しかしそれに伴う陰の部分にも着目しなければならないでしょう。最大の問題点は、この類稀なる近代化が、かなり無理をした/背伸びしたものであったということです。当時の日本が置かれていた状況(帝国主義時代の真っただ中!)からしてやむを得ないところですが、そこから派生した二つの問題があります。一つ目は、近代化の達成という喫緊の課題を、迅速かつ効率的に進めるために、中央政府が強力な権力を持ったということ。そして状況へプラグマティックに対処するために、伊藤博文を中心とする元老たちが主導権を握ったということです。そのために、政府の権力を支える権威として天皇を利用しました。大衆向けには天皇の絶対的な権力と権威を喧伝しながら(=顕教)、実際には官僚たちが"輔弼・翼賛"というかたちで実権を握る(=密教)。その上で伊藤たちは、ある機関や人物が強権的なリーダーシップをふるえないよう、権力を徹底的に分散化・多元化します。内閣総理大臣、各大臣、衆議院、貴族院、枢密院、陸軍、海軍と権力をまめまめしく分化して、国家を一枚岩にまとめあげる存在が出ないように制度設計をしたのですね。では強力なリーダーシップをふるって国をまとめるのは誰か? そう、自分をはじめとする、幕末・維新の功労者、元老です。動乱の嵐をかいくぐり、シビアな近代世界を体感したリアリスト・元老でなければ、この困難な課題を実現することはできない、という自負があったのでしょう。そのためには、他に強力なリーダーが出ては困る。
 二つ目は、近代化達成のために大衆を資源として酷使するため、あるいは何もわかっていない無知な大衆にガタガタ文句を言わせないために、基本的人権や民主化はできうる限り制限したこと。天皇と国家への忠誠、己の立身出世だけを考え、人権侵害や種々の差別構造や自己決定権には目もくれない人間が"期待される人間像"だったのですね。
 これが近代日本の「国のかたち」でした。先述した鶴見俊輔氏の言葉を借りれば、「原則」は、他国に冷や飯を食わせて陽の当たる場所に出るための近代化=富国強兵の達成。それを無理して/背伸びをして強行するための「手続き」が、天皇の強大な権威、分散化された権力、元老のリーダーシップ、そして民主化と人権の制限です。なお、過去の日本から切り離され、近代化という未来に駆り立てられた大衆の呻吟と焦慮を夏目漱石がみごとな筆致で述べています。奇しくも、彼が住んでいた家が明治村にありました。
 歴史は過去を振り返った時始めて生まれるものである。悲しいかな今のわれらは刻々に押し流されて、瞬時も一緒に低回して、われらが歩んできた道を顧みる暇を有たない。われらの過去は存在せざる過去のごとくに、未来のために蹂躙せられつつある。われらは歴史を有せざる成り上がり者のごとくに、ただ前へ前へ押されて行く。財力、脳力、体力、道徳力、の非常に懸け隔たった国民が、鼻と鼻を突き合わせた時、低い方は急に自己の過去を失ってしまう。過去などはどうでもよい、ただこの高いものと同程度にならなければ、わが現在の存在をも失うに至るべしとの恐ろしさが彼らを真向に圧迫するからである。
 われらはただ二つの眼を有っている。そうしてその二つの眼は二つながら、昼夜ともに前を望んでいる。そうして足の眼に及ばざるを恨みとして、焦慮に焦慮て、汗を流したり呼吸を切らしたりする。恐るべき神経衰弱はペストよりも劇しき病毒を社会に植付けつつある。夜番のために正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにもかかわらず、夜番のほうではしきりに刀と具足の不足を訴えている。われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するのである。(『漱石文明論集』 岩波文庫 p.232)


 本日の一枚です。
c0051620_631750.jpg

by sabasaba13 | 2016-06-16 06:31 | 中部 | Comments(0)
<< 伊勢・美濃編(74):明治村(... 伊勢・美濃編(72):明治村(... >>