江戸東京たてもの園編(2):(14.9)

 中に入ると午砲が野外展示されていました。江戸時代の「時の鐘」に替わり、正午を通報した空砲で、かつて皇居内旧本丸跡にあり、1871(明治4)年から1929 (昭和4)年4月まで時を告げていたそうです。
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 それでは東ゾーンを徘徊しましょう。まずは常盤台写真場です。解説を転記します。
 この写真場は、戦前からの代表的な郊外住宅地、常盤台に建てられた。常盤台は1935年(昭和10)東武東上線の開業により武蔵常盤駅(現在のときわ台駅)が設置され、これを契機に分譲住宅地として開発された。内務省都市計画課の「健康住宅地」プランにより、編み目状の道路網、公園、電気、ガス、水道、下水道などの設備を備えていた。
 常盤台写真場は分譲当初の1937年(昭和12)に建てられた。2階写真場北側の天上から壁面は全面がガラスである。これはスラントといい、照明設備の無かった頃の写真館の特徴をよく表している。
 まず、装飾を一切拒否するような断固とした意思を感じさせる、シンプルな外観に目を引かれます。看板もなく、最上部に「TOKIWADAI PHOTO STUDIO」と店名が掲げられているだけです。全体的に左右非対称の構成で、角の部分を搭状に高くしているのが印象的。調子を変えながらリズミカルに穿たれた、縦長の窓もいい味を出しています。中に入ることができ、二階にあがるとそこが写真スタジオで、北側にはムラのない自然光を取り入れるための大きな摺りガラス窓(スラント)をとってありました。この手法は画家のアトリエでもしばしば用いられるそうです。
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by sabasaba13 | 2016-06-29 06:35 | 東京 | Comments(0)
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