江戸東京たてもの園編(8):(14.9)

 そして小出邸へ。解説板を転記します。
 小出邸は、現在の文京区西片に1925年(大正14)に建てられた住宅である。外観は、瓦葺き・急勾配の宝形屋根と水平に張り出した軒に特徴がある。また、建物は、当初から敷地の境界線に平行ではなく、ほぼ東西南北に合わせて配置されている。
 内部は、水回り、建具の改築以外に大規模な増改築は行われず、ほぼ創建当時の姿をとどめている。特に、応接間の家具は建物に合わせて設計されている。
 小出邸は、施主である小出収氏(1865~1945)から後も、家族によって大切に住み続けられ、1996年(平成8)まで使われていた。
 この住宅は、大正から昭和に渡って活躍した建築家堀口捨己(1895~1984)の30歳の作品であり、1921年(大正10)に開催された平和記念東京博覧会の作品を除くと、本作品が処女作になる。

 小出邸は、建築家・堀口捨己の現存する数少ない住宅作品であり、彼の実質的な処女作品である。建物の外観では、まずピラミッドのような大屋根が印象的である。このような、屋根の四面が一つの頂点に集まるものを宝形造りといい、仏堂や仏塔などに用いられる。小出邸の場合、宝形屋根が建物全体の高さの半分以上を占めており、この大屋根と軒のシャープな水平線との対比が、建物の外観を特徴づける。このような外観構成は、明らかに小出邸の翌年1926年に竣工した「紫烟荘」に連続するものであり、これら2作は、堀口がヨーロッパを訪問した際に強く影響を受けたオランダの住宅のデザインを、日本の素材で試みた連作としてとらえることができる。なお、宝形屋根は、仏堂などの場合、雨仕舞として頂上に露盤宝珠をのせるのが通例であるが、小出邸も当初は屋根の頂上に宝珠をのせる計画があったらしい。
 建物の随所にみられる水平線と垂直線、そして色彩による空間構成には、デ・ステイルの影響を強く感じることができる。とくに応接間は、壁に取り付く縦材(明らかに構造材としての柱ではない)がそのまま天井へと連なり、格子状に分割された天井面と壁面、3段の吊り棚、そして銀や赤、鶯色といった色彩が抽象的な空間美を実現している。
 玄関まわりの幾何学的構成と円形開口の組み合わせ、1階寝室収納のユニークな寸法割り、2階和室における伝統的な書院造りと大胆な色彩の対照、屋根裏から垣間みえる宝形屋根のダイナミックな小屋組などもみどころである。
 中央に開かれた大きな窓が印象的です。中に入ると、解説にあるような水平線・垂直線・色彩による空間構成や、幾何学的構成を堪能することができました。
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by sabasaba13 | 2016-07-09 06:46 | 東京 | Comments(0)
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