江戸東京たてもの園編(12):(14.9)

 西川家別邸は、西川伊左衛門により、接客用兼隠居所として建てられた別邸です。西川伊左衛門は、1893 (明治26)年、現在の昭島市中神で北多摩屈指の製糸会社を設立した実業家で、多摩地域の養蚕・製糸業は、大正期から昭和初期にかけて、技術改良や生糸価格の上昇にともない最盛期を迎えたとのことです。
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 伊達家の門は、旧宇和島藩伊達家が、明治以降華族に列せられ、東京に居住するため新たに建てられた屋敷の表門です。大正時代に建てられたもので、総欅造り。起(むく)り屋根を持つ片番所を付けるなど、大名屋敷の門を再現したような形をしています。なお起り屋根って何となく愛くるしくて好きです。山ノ神の腹部に似ているからかな。熊本ルーテル学園神水幼稚園、美濃市の小坂家住宅、明治村の京都中井酒造などなど、プリティな物件ぞろいでした。
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 皇居正門石橋飾電燈は、皇居前広場から皇居へ向かって左手前に見える石橋に設置されていた飾電燈。橋の欄干両側にある男柱石に計6基設置されていたもののひとつでした。
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 万世橋交番は、神田の万世橋のたもと、万世橋駅のそばにあったものです。1923 (大正12)年の関東大震災により、駅とともに大きな被害を受けましたが、のちに以前のとおりのデザインに修復されました。
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 その近くにあるのが、上野消防署(旧下谷消防署)望楼の上部です。町のランドマークとも言うべき建造物ですが、建造物の高層化や電話の普及とともに、昭和30年代後半から次第に役目を終え、1973 (昭和48)年には、都内における望楼の利用はほぼ取り止めとなったそうです。火の見櫓・望楼マニアとしては悲しいなあ。
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 天明家は、代々、鵜ノ木村(現在の大田区)で村役人の年寄役を勤めたと伝えられる旧家です。正面の千鳥破風や長屋門など、農家としての高い格式がうかがえます。
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by sabasaba13 | 2016-07-18 07:39 | 東京 | Comments(0)
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