江戸東京たてもの園編(14):(14.9)

 大和屋本店は乾物屋です。解説板を転記します。
 大和屋本店は、港区白金台の通称目黒通り沿いにあった木造3階建ての商店である。3階の軒下は何本もの腕木が壁に取り付き出桁と呼ばれる長い横材を支える出桁造りという形式をもつ一方、間口に対して背が非常に高く、2階のバルコニーや3階窓下に銅板を用いるなど、看板建築の特徴を備えたユニークな建物である。建物は創建当初の1928年(昭和3)に復元している。
 大和屋本店は創建当初から乾物類の販売を手がけ、海産物の仕入れが困難になった昭和10年代後半以降はお茶と海苔などを販売していた。復元にあたり店舗部分は鰹節や昆布、豆、スルメ、海苔、鶏卵などを販売する戦前の乾物屋の様子を再現している。大和屋本店では煙草も販売しており、店舗前面に煙草屋の造作が取り付けられていた。今回取り付けられている煙草屋の造作は昭和20年代のもので、青梅市二俣尾一丁目、武田清氏よりご寄贈いただいたものである。
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 植村邸は昭和初期に建てられた建物で、全体を銅板で覆われています。まるでジャイアント・ロボ(古いなあ)のような強面で周囲を睥睨しています。ま。二階の窓の上にあるアーチ部分の装飾は手が込んでいて、中央には六芒星とローマ字の「U」と「S」を重ねた模様が見られますが、これはこの建物を建てた植村三郎氏のイニシャルからとったものだそうです。なお一階部分の銅板に多数の傷が残っていますが、これは戦時中の空襲による爆弾等の破片が突き刺さってできたものです。歴史の証人としても貴重な物件です。
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 荒物屋の丸二商店は、昭和初期に現在の千代田区神田神保町に建てられた店舗併用住宅です。外連味にあふれたキッチュな看板建築ですね、私大好き。ファサード上部のわけのわからない意匠や柱と、江戸小紋の網代や青海波をあしらった銅板のミスマッチ。
 また裏手には、丸二商店に隣接していた創建年を同じくする長屋を復元し、路地の情景が再現されています。
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by sabasaba13 | 2016-07-25 06:31 | 東京 | Comments(0)
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