江戸東京たてもの園編(15):(14.9)

 花市生花店は1927 (昭和2)年に、千代田区神田淡路町に建てられた花屋です。この建物も典型的な看板建築ですが、銅板にあしらわれた花屋らしいラブリーな模様に緩頬。二階の窓の下には、梅、桜、菊、牡丹などの花が飾られ、三階には蝶と菊が対角線上に配置されています。これらの銅板の模様は、墨で下絵を描いたカシの木を大工が彫り、その型に銅板をのせて木槌などを使って打ち出すという手法で作られたものだそうです。匠の技に乾杯。
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 なお最近読んだ『茶の本』(岡倉覚三 岩波文庫)の中に、花に関する素敵な一文があったので紹介します。
 喜びにも悲しみにも、花はわれらの不断の友である。花とともに飲み、共に食らい、共に歌い、共に踊り、共に戯れる。花を飾って結婚の式をあげ、花をもって命名の式を行なう。花がなくては死んでも行けぬ。百合の花をもって礼拝し、蓮の花をもって瞑想に入り、ばらや菊花をつけ、戦列を作って突撃した。さらに花言葉で話そうとまで企てた。花なくしてどうして生きて行かれよう。花を奪われた世界を考えてみても恐ろしい。病める人の枕べに非常な慰安をもたらし、疲れた人々の闇の世界に喜悦の光りをもたらすものではないか。その澄みきった淡い色は、ちょうど美しい子供をしみじみながめていると失われた希望が思い起こされるように、失われようとしている宇宙に対する信念を回復してくれる。われらが土に葬られる時、われらの墓辺を、悲しみに沈んで低徊するものは花である。
 悲しいかな、われわれは花を不断の友としながらも、いまだ禽獣の域を脱することあまり遠くないという事実をおおうことはできぬ。(p.77~8)
 武居三省堂は、明治初期に創業した文具店。当初は、筆・墨・硯の書道用品の卸を中心に商売していましたが、のちに絵筆や文具も扱う小売店に変わりました。茶色のタイルを前面に貼ったファサードがいぶし銀の逸品です。
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 川野商店(和傘問屋)は大正15 (1926)年に、現在の江戸川区南小岩に建てられた出桁造りの建物です。重厚な屋根の造りや格子戸に、江戸の残り香を感じます。小岩は、東京の傘の産地として当時有名で、川野商店では、職人を抱え傘を生産し、また完成品の傘を仕入れ問屋仲間や小売店へ卸す仕事をしていたそうです。
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by sabasaba13 | 2016-07-27 06:28 | 東京 | Comments(0)
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