江戸東京たてもの園編(16):(14.9)

 小寺醤油店は、大正期から現在の港区白金で営業していた酒屋で、味噌や醤油を販売していました。看板で醤油店と掲げているのは、創業者が醤油醸造の蔵元で修行したためと伝えられています。当時、酒屋で味噌や醤油を売ることは珍しいことではありませんでした。張り出した腕木とその上に桁がのった重厚な出桁造りと、在庫の商品や生活用具を収納する袖蔵のマリアージュがいいですね。
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 万徳旅館は青梅市西分町に幕末に建設され、明治初期に増築された旅館(旅籠)です。青梅街道に面して建っていたこの旅館は、富山の薬売りなどの行商人や、御嶽講の参拝者が利用していたそうです。こちらも出桁造りですね。
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 仕立屋は、現在の文京区向丘に建てられた出桁造りの町屋です。正面の格子や上げ下ろし式の摺上げ戸などに、江戸からの町屋の造りをうかがうことができるそうです。仕立屋は、特に店構えなどはせずに自宅を仕事場としており、親方のもとに弟子が住み込みで働くのが普通でした。なお『東京たてもの伝説』によりますと、藤森氏の見立てでは建てられたのは少なくとも明治12年より前とのこと。するとすかさず森氏が「明治12年というと、ちょうど本郷六丁目の法真寺の隣りに七歳の樋口一葉がいたころ建った建物ですね」と鋭いつっこみ。それほど離れていないし、縫い子をしていた一葉がここから仕事をもらった可能性もあるとのことです。
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 子宝湯は足立区千住で営業していた銭湯で、開業は1929 (昭和4)年です。建物は施主が出身地の石川県から気に入った職人をつれてきて造らせたということです。玄関には神社仏閣を思わせる大型の唐破風がのっており、船に乗る七福神の精巧な彫刻が取り付けられています。また鷹と雀の彫り物がありますが、よく見ると雀をつかんではいません。これは「平和な世」という意味だそうです。
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by sabasaba13 | 2016-07-28 06:32 | 東京 | Comments(0)
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