秩父編(1):(14.10)

 何の因果か前世の縁か、転車台にはまってしまいまして、日本全国を行脚する際には事前に調べて必ず立ち寄ることにしています。最近得た情報によると、秩父鉄道の三峰口駅に現役の転車台があるそうな。そこまでSLも走っているそうですし。文化遺産オンラインで調べたところ、秩父にはレトロな建物もかなり残っているようです。よろしい、今度の日曜日に訪れてみましょう。山ノ神を誘ったところ、「行かない」と即答。ま、そりゃそうですよね、何を好んでたまの休日に転車台を見に秩父まで行くのか、常人では理解できないでしょう。というわけで、インターネットでSLパレオエクスプレスの自由席券を予約して、2014年10月のとある好天の日曜日、秩父まで行ってきました。
 特急レッドアローに乗って西武秩父駅に着いたのが午前十時、駅と接続している仲見世通りには、秩父三十四ヶ所巡りの巡礼と、秩父名物しゃくしな漬の顔はめ看板がありました。駅前に出ると、鎮座まします武甲山の魁偉な容貌が陽光に輝いています。観光案内書で地図をいただき、まず目指すは「ちちぶ銘仙館」です。
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 マンホールの蓋やを撮影しながら十分ほどぶらぶらと歩くと、到着です。
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 解説板を転記します。
 この施設は、昭和五年九月に秩父絹織物同業組合(現秩父織物商工組合)が秩父地域の繊維産業の向上と振興を図るため建築し、埼玉県秩父工業試験場を誘致いたしました。
 昭和五十八年四月に埼玉県繊維工業試験場秩父支場に改組され、秩父地域繊維産業の発展のために大きな役割を果たしてきましたが、平成十年三月に県内工業試験場の再編・統合で廃止されることになり、その後土地・建物が秩父市に譲渡されることとなりました。
 本館はアメリカ人建築家ライト氏が考案した大谷石積みの外装や昭和初期の特徴的な装飾との調和が建築的に非常に優れており、三角屋根の工場棟や渡り廊下も含め、平成十三年十月に国の登録有形文化財に指定されております。
 このたび、ちちぶ銘仙館として、秩父織物・銘仙等の歴史上貴重な史料の展示や伝統的な技術を伝承するための施設として、昭和初期の面影を残した形で改修いたしました。
 秩父銘仙の歴史を刻んだ建物をゆっくりご覧ください。
 なお当館のホームページによると、「秩父銘仙」とは規格外の繭を使った「太織」と呼ばれる絹織物で、野良着や普段着として好んで使われたそうです。秩父は山に囲まれた地形で、稲作に向かないことから養蚕業が盛んなのですね。大正から昭和初期にかけては、養蚕業などを含めると市民の約七割が織物関係の仕事に関わっていたと言われ、まさに秩父地域の基幹産業でした。「銘仙」の語源については諸説ありますが、明治20年ころから太織は「めいせん」の名前で販売されはじめ、明治30年初期に東京三越で販売された際に、「産地それぞれが責任を持って優良品を選んだ」との意味から「銘撰」の字が当てられ、その後に「撰」が「仙」に変わり「銘仙」となったとされています。おしまい。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-08-04 08:12 | 関東 | Comments(0)
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