虐殺行脚 埼玉・群馬編(4):常泉寺(14.12)

 まずは常泉寺を訪れましょう。埼京線に乗って大宮駅で下車、駅前には「こりすのトトちゃん」という謎の石像がありました。こういう雑駁な情報を調べるときには、インターネットはほんとに便利ですね。すぐにわかりました、「旧大宮市のマスコットキャラクターで、市内在住の絵本作家あすかけんの代表作「こりすのトト」シリーズの主人公」だそうです。
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 大宮駅東口7番乗り場から「大01・大02・大81」路線の国際興業バスに乗ってバス停「根木輪」で下車し、徒歩5分のところにあります。念のため「Mapion」で調べた地図をプリントアウトして持参したので、問題なく見つけられました。それほど広くない墓地を右往左往しながら歩いていると、古いお墓と新しい慰霊碑がすぐに見つかりました。東京新聞によると、埼玉県内では北部を中心に二百数十人が命を落としたとみられるそうです。このお墓は、当時24歳だった姜大興(カンデフン)さんのものです。姜さんが襲われたのは1923年9月4日未明。旧片柳村の染谷地区の畑で、槍や日本刀で武装した地元の自警団の男たちに追い掛けられ、頭や胸を刺されて死亡しました。このお墓は染谷地区の住民が1923年に建てたとされ、最も早い時期に建てられた追悼碑の一つだそうです。また氏名や年齢が判明している犠牲者は数少ないとのこと。
 また朝鮮人虐殺をテーマに映画を撮り続けている呉充功(オチュンゴン)監督が、韓国慶尚南道に住む姜さんの孫広浩(クァンホ)さん(65)を訪ねられたそうです。事件当時、姜さんの妻は妊娠中で、翌年に生まれた広浩さんの父を一人で育て上げました。呉さんが常泉寺に墓があると伝えると、広浩さんは「毎年慰霊をしてくれて本当に感謝している。できれば一度訪問したい」と話されたそうです。
 さらに行政が各地区に自警団を組織するよう命じるなど、事件に関わっていた可能性も明らかになってきました。当時の染谷区長の孫で元大宮市議の高橋隆亮さん(71)は、自宅の古い机の引き出しの中に、県や片柳村、軍の関東戒厳司令部からの通知十一通を発見。自警団の結成を憲兵や警察に届け出るよう指示した通知もありました。なお犯人は事件直後、「恩賞にあずかりたい」と自ら警察署に出頭しているそうです。
 お墓の前にある新しい慰霊碑には、常泉寺住職がつくられた漢詩が刻まれていました。
追悼
関東大震災/忽然失命難/為受災精霊/謹香華燈燭/供以伸供養
合掌

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-11-06 06:36 | 関東 | Comments(0)
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