虐殺行脚 埼玉・群馬編(5):常泉寺(14.12)

 なおこのお寺さんは志が高く、平和に関するモニュメントが二つありました。まずは「平和のための"ひこじぞう"」。
 ひとりひとりの/こどもたちに笑顔あふれる平和な/じだいを今ここから/おじぞうさんにねがいをこめて…
 1945年8月、広島・長崎の「きのこ雲」の下で被ばくした子どもたちを供養し、平和な世界を願って「ひこじぞう」を建立しました。
 もう一つが、石灯籠の中で燃えている「広島・長崎の火」です。解説板にはその謂われが記されていました。
 1945年8月、第二次世界大戦は最後に核戦争となり、広島と長崎は人類史上最初の犠牲になりました。一瞬にして二十万人近くの生命が奪われ、今なお放射能で多くの人が苦しんでいます。
 福岡県星野村の山本達雄さんは、軍人として広島市内に入り被爆しました。同時に、書店を経営していた叔父さんを探しましたが、消息はわからず、焼け跡の地下の書庫にくすぶっていた火を形見の火として懐炉に移し、故郷の星野村に持ち帰り、広島を地獄におとしいれた恨みの火、怒りの火として灯してきました。この「広島の火」は、村長の提案により後に、核兵器のない平和な世界を呼びかける火、日本国憲法の心の火として星野村に灯されています。
 1988年、「広島の火」は、長崎の原爆瓦から採火された「長崎の火」と合わされて、全国を巡る平和行進の先頭に掲げられ、ヒロシマナガサキアピール署名とともに、第三回国連軍縮特別総会に届けられました。埼玉県にきた「長崎の火」は、新潟県長岡を行進中にもらい受けた「広島の火」と合火して県内を行進しました。その後、原水爆禁止埼玉県協議会の依頼で、常泉寺の小山元一住職が灯し続け、毎年「広島・長崎の火」を囲むつどいが開催されています。
 この火を永遠に灯して、核兵器と戦争をなくす被爆者と日本国民の願いを語り広げるため、この地に「広島・長崎の火」モニュメントを建設しました。
 "日本国憲法の心の火"か…ほんとうに灯し続けたいものです。しかしこの火を吹き消そうとする輩たちの政党が、衆参両議院で第一党なんだものなあ。ドイツ連邦放射線防護庁の某役人曰く、"愚かな民は愚かな代表を選ぶ。主権が国民にあるということは、国民が愚かだと失敗する可能性があるのです"。(『DAYS JAPAN』 2016.9)

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-11-08 06:40 | 関東 | Comments(0)
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