虐殺行脚 埼玉・群馬編(36):結語(14.12)

 というわけで、朝鮮人虐殺行脚、埼玉・群馬編、一巻の終わりです。この旅をしたのは2014年12月のことです。なぜ普通の人びとが、大震災によるパニック、警察・軍隊・行政によるある種の煽動があったにせよ、罪なき朝鮮や中国の人びと、社会主義や労働運動家、場合によっては一般の日本人さえをも虐殺したのか。その全容を解明する努力を国家権力はしたのか、その責任をだれがとったのか、そしてその原因を究明し臓腑を抉るような反省とともに再発を防ぐ努力を私たちはしてきたのか。若者たちにこの歴史的事実をきちんと伝え、考えてもらおうとしてきたのか。私から見れば、いずれの場合においても不十分な姿勢だと思います。一例を挙げましょう。受験生御用達の『詳説 日本史B』(笹山晴生・佐藤信・五味文彦・高埜利彦 山川出版社)における、当該の記述は下記のものです。
 関東大震災後におきた朝鮮人・中国人に対する殺傷事件は、自然災害が人為的な殺傷行為を大規模に誘発した例として日本の災害史上、他に類をみないものであった。流言により、多くの朝鮮人が殺傷された背景としては、日本の植民地支配に対する抵抗運動への恐怖心と、民族的な差別意識がったとみられる。9月4日夜、亀戸警察署内で警備に当たっていた軍隊によって社会主義者10人が殺害され、16日には憲兵により大杉栄と伊藤野枝、大杉の甥が殺害された。市民・警察・軍がともに例外的とは言い切れない規模で武力や暴力を行使したことがわかる。(p.331)
 何ともはや、歯に衣を着せてオブラートに包んで釉薬をかけて焼き上げたようなもどかしい説明です。"例外的とは言い切れない規模"? 何を、誰を恐れて、山川出版社はこのような腰の引けた表現を使っているのでしょう。そしてここには流言蜚語のきっかけとなった警察・軍・行政の行為や、殺人に対する反省のない犯人たち、それを庇いだてする地域共同体、そして刑事責任を有耶無耶にする司法当局などについても一切ふれられていません。二度と繰り返さないためにも、そこが重要なのにもかかわらず。過去を記憶しない者は、過去をふたたび生きねばならぬ(ジョージ・サンタヤーナ)、私たちはこの忌まわしい過去をふたたび生きねばならないのでしょうか。嫌だ。
 というわけで、この問題については、旅が終わった後も関連の書籍を読み続けてきました。また朝鮮人虐殺の慰霊碑などが、神奈川県・千葉県・東京都にもいくつかあるので、それも訪れたいと考えてきました。後者に関しては、今年の九月にほぼ実現することができました。この後、神奈川編・千葉編・東京編を上梓して、最後にまとめ、関連の資料と自分なりの意見を開陳したいと思います。もうしばらくお付き合いください。
by sabasaba13 | 2016-12-31 06:41 | 関東 | Comments(0)
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