虐殺行脚 神奈川編(2):保土ヶ谷(16.9)

 横須賀中央駅から京浜急行で横浜へ、JR横須賀線に乗り換えて三分で保土ヶ谷駅に着きました。横浜市西区元久保町3-24にある久保山墓地までは、徒歩約20分です。わかりづらいので地図は必須ですね、それでは歩いて行きましょう。駅東口からお寺さんの脇にあるゆるやかな坂道をのぼっていくと、トンネルがありました。煉瓦積みの坑門にはピラスター(付け柱)やデンティル(歯状装飾)が付設されており、一目でただものではないとわかる物件です。「横浜市認定歴史的構造物 東隧道」「土木學會選奨土木遺産 横浜水道に関わる隧道-東隧道」という二つのプレートが掲げられていました。今、インターネットで調べてみると、関東大震災後に復旧事業の一環として開削されたもので、このトンネルの地下に水道管が埋まっているそうです。トンネルは、水道管埋設工事と管理用のために開削されたもので、公道と兼用になっているのは全国的にも珍しいとのことです。なるほど、でも現地に解説板がぜひ欲しいですね。横浜市に善処を希望します。
 歩道がないトンネルを自動車に気を付けながら抜けて、地図を片手に十数分歩くと久保山墓地に到着です。「はまれぽ.com」によると、明治政府の意向で三つのお寺の墓地を移設して造られたのが始まりで、市営墓地と民間墓地が入り混じっており、民間墓地には三溪園で知られる原三溪(富太郎)のお墓もあるそうです。またウィキペディアによると、ほかにも村岡花子(翻訳家・児童文学者)、山城屋和助(割腹自殺した陸軍省御用商人)、吉田茂(政治家)、吉田健一(英文学者、吉田茂の長男)のお墓もありました。また、戊辰戦争で戦死した兵士の"官修墓地"が、市営墓地の一角にあるそうです。当時の日本では銃創治療の技術が未熟だったため、撃たれた官軍兵士は野毛にあった横浜軍陣病院に運ばれてイギリス人のウィリアム・ウィリス医師の治療を受け、治療の甲斐なく亡くなった人がここに埋葬されているとのことです。本日は時間の関係で見られませんでしたが、いつか掃苔のため再訪したいものです。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-01-07 08:13 | 関東 | Comments(0)
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