虐殺行脚 神奈川編(7):鶴見(16.9)

 そしてバス停に戻り、JR桜木町駅行きのバスに乗り込みました。桜木町駅構内にある観光案内所とお土産売り場を見た瞬間に、「肉まんを買ってきて…買ってきて…きて…」という山ノ神の餞の言葉がサイレーンのように脳裡に響きました。やれやれ危ないところだった、さっそく肉まんを三つ購入。そして京浜東北線直通の列車に二十分ほど乗って鶴見駅へ、ここで鶴見線に乗り換えて七分ほど揺られると浅野駅に到着です。うわお、改札がなく、ICカードをタッチするパネルがあるだけです。あわよくば駅前で珈琲でも、という淡い望みはタンネンベルクにおけるロシア軍のように粉微塵に打ち砕かれてしまいました。何もない… ま、とりあえず地図を片手に歩を進めましょう。産業道路を渡ると、歩道橋に「ゴム通り」と書いてありました。
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 ゴム通り? こういうトリビアな話題を調べるときには、ほんとうにインターネットは便利です。この付近に、横濱護謨製造(現横浜ゴム)がつくられたのが1929(昭和4)年。ところが1945(昭和20)年4月の鶴見・川崎地区への空襲により壊滅的な被害を受け、戦後も再建されることはありませんでした。いつからかは不明ですが、地元ではその後もゴム通りと呼ばれ続けていたそうです。その後、1976(昭和51)年から始まった道路に愛称をつける「愛称道路事業」の一環で、道路名として正式に採用されたということです。なるほど、道に歴史あり、ですね。ついでに分かったことは、川崎区浜町3~4丁目当りに「セメント通り」もあるそうです。こちらには太平洋セメントの前身の浅野セメントの工場があり、そこに勤める工員の通勤路になっていたことからこう呼ばれるようになったそうです。さらにさらに、『孤独のグルメ』のゴローちゃんこと、フリーの輸入雑貨商の井之頭五郎が舌鼓を打った焼肉店が、セメント通りにある「東天閣」。いつの日にかぜひ訪れてみたいものです。なお『孤独のグルメ』(扶桑社文庫)の「京浜工業地帯を経て川崎セメント通りの焼き肉」(p.77)が該当の一文でした。
 閑話休題。ゴム通りを左に曲がり、入船小学校の前の路地を歩いていくとけったいなお宅に出会えました。モルタルでつくられたアシンメトリーな外観と、浮彫の「和洋 左官」という文字。岩瀬工業所の職人魂が炸裂したような建物です。こういう物件に出会えるのが、街歩きの楽しみですね。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-01-16 15:54 | 関東 | Comments(0)
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