虐殺行脚 千葉編(2):茂原(16.9)

 閑話休題。新宿駅から都営地下鉄新宿線に乗り換えて馬喰横山へ、そして馬喰町から総武線快速エアポート成田(成田空港行)に乗り換えます。ホームには「強風注意」という、帽子が風に飛ばされているピクトグラムがありました。千葉駅から外房線に乗り換えて茂原駅に着いたのが午前九時半ごろでした。お目当ては、茂原市茂原581にある茂原昇天教会です。
c0051620_6225356.jpg

 印刷して持参した地図を片手にぶらぶらと歩いて行くと、時代がかかった門柱を見かけました。興味を惹かれて近寄ってみると、一つには「御塚観世音」と、そしてもう一つには「皇紀二千六百年」と記してありました。ウィキペディアから引用しましょう。
 西暦1940年(昭和15年)が神武天皇の即位から2600年目に当たるとされたことから、日本政府は1935年(昭和10年)に「紀元二千六百年祝典準備委員会」を発足させ、橿原神宮や陵墓の整備などの記念行事を計画・推進した。(中略) 日本政府は、日本が長い歴史を持つ偉大な国であることを内外に示し、また日中戦争(支那事変)の長期化とそれに伴う物資統制による銃後の国民生活の窮乏や疲弊感を、様々な祭りや行事への参加で晴らそうとしたこともあり、1940年(昭和15年)には、年初の橿原神宮の初詣ラジオ中継に始まり、紀元節には全国11万もの神社において大祭が行われ、展覧会、体育大会など様々な記念行事が外地を含む全国各地で催された。
 ということで、この門柱もその記念としてつくられたのでしょうか。神社仏閣では時々見かけますが、これだけ臆面もなく堂々と記されているのは珍しいですね。ちなみに、以前に荒砥城跡と、石垣島で見たことがあります。また江戸東京たてもの園には、紀元2600年記念式典のために仮設された旧光華殿が移築されています。

 本日の一枚です。
c0051620_62317100.jpg

by sabasaba13 | 2017-01-25 06:23 | 関東 | Comments(0)
<< 虐殺行脚 千葉編(3):茂原(... 文科省の腐臭 >>