言葉の花綵153

 亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国 (田中正造)

 ほんとうのことを知らないというのは、戦争に賛成しているのと同じことだったのよ。わたしは、吉二を戦争で死なせた罪があるの。「無知の罪」という罪が、ね。(米田ひさ)

 これが日本であったら、人の心も知らないやつだといって、たたき殺されるような深い憤怒と悲哀のなかで、彼は私に「ここを写せ!」と叫ぶのです。「このおれを撮れ!」と迫るのです。そして、これこそ戦争をやめさせる最大の力であり、そのような民衆のいるかぎり、かならず平和はかちとられるという確信を、私はもつことができました。(岡村昭彦)

 ベトナム戦用の枯葉剤を米軍に納めていたアメリカの化学企業ダウ・ケミカル社は、国内向けの缶入り除草剤には次のような注意書きをつけていた。「この薬品はかならず子どもやペットの手の届かないところに置いて下さい。また、他の目的で家事に用いたり、灌漑用水を汚染したり、飲んだりしてはいけません」―と。これを(対人)散布しながら、米軍は除草と言いはったのである。生きている人間の価値はペットよりも低くみなされたのだ。(中村梧郎)

 戦争は人を不道理になすのみならず、彼を不人情になします。戦争によって、人は敵を憎むのみならず、同胞をも省みざるに至ります。人情を無視し、社会をその根底において破壊するものにして戦争のごときはありません。戦争は実に人を禽獣化するものであります。(内村鑑三)

 武具は市民服に従うべし。月桂冠は文民の誉れに譲るべし。(キケロ 『義務について』)

 常備軍は時とともに全廃されるべきである。…さらに常備軍について考えねばならぬことは、殺すために、あるいは殺されるために雇われるというのは、人間がほかのものの手で(たとえそれが国家であるとしても)単なる機械や道具として使用されることを含んでいるように思われるということである。しかし、そのような使用は我々の人格がもつ人間性の権利と一致するはずがないのである。(イマヌエル・カント 『永遠の平和のために』)

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」と。
 あやまち? ほんとうにそれは過失だったのか。また、いったい何があやまちなのか。アメリカが原爆を投下したことか。日本が中国を侵略したことか。米英蘭に宣戦を布告したことか。それとも客観的に、十五年戦争の発端となった満州事変の謀略であるか。…それらすべてが国家的確信犯罪でなくて過失だったというのか。(高橋和巳 『孤立無援の思想』)
by sabasaba13 | 2017-02-13 08:09 | 言葉の花綵 | Comments(0)
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