富士宮編(7):富士宮(17.2)

 駅から十数分歩くと、富士山本宮浅間大社とお宮横丁に着きました。オープン・スペースを取り囲むように、富士宮焼きそば、静岡おでん、富士山餃子、あげまんじゅうを売るお店が櫛比しておりました。とるものもとりあえず腹ごなし、富士宮やきそば学会直営アンテナショップでご当地B級グルメの富士宮やきそばをいただきました。ウスターソースで味付けされたコシのある麺、ラードを絞った後の肉かす、富士宮の高原キャベツ、鰯の削り粉があいまって、焼きそばの王道とも言うべき剛毅朴訥な味を堪能。なお麺のコシの強さについては、学会の報告によると、一般的な焼きそば麺は蒸した後に一度茹でますが、富士宮やきそばの麺は茹でずに急速に冷やし、油で表面をコーティングするため水分が少なく、独特のコシが生まれるそうです。焼きそばが作られ始めた終戦直後は冷蔵技術が乏しかったので、日持ちや行商に対応させるためこのような製法が確立していったとのこと、麺に歴史ありですね。
 ふと正面を見ると、それはそれは美しい富士山を眺めることができました。富士に焼きそばはよく似合います。
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 そして富士山本宮浅間大社へ、鳥居と富士の定番ショットを撮影。近くには祭神である木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)のキャラクター、「さくやちゃん」の顔はめ看板がありました。
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 本殿を参拝して、恒例の絵馬ウォッチング。「スギヤマ鍼灸院で毎日10人治療し一日でも早く治せるように!」 素晴らしい、ヒポクラテスのようなお方です。「無事にビザがおりますように!!」 事情はよくわかりませんが、微力ながら私もお祈りしておきます。
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 本殿の右には、清冽な雰囲気の湧玉池(わくたまいけ)がありました。解説板を転記しておきます。
 この池は霊峰富士の雪解けの水が溶岩の間から湧き出るもので水温は摂氏十三度、湧水量は一秒間に三.六リットル(約二十石)年中殆ど増減がありません
 昔から富士道者はこの池で身を清めて六根清浄を唱えながら登山するならわしになっております

 つかふべき教にをとらむ
 浅間なる御手洗川の
 そこにわくたま         平兼盛
 それでは富士宮駅へと戻りましょう。境内に「駿州赤心隊」の碑がありましたので、後学のためこちらも転記しておきます。
 富士亦八郎重本 文政九年(1826年)~明治三十年(1897年) は駿州赤心隊を結成、勤皇に献身した。
 富士山本宮浅間大社の大宮司家に生まれ十五歳で江戸に出て、漢学・武術を学ぶ。二十歳で帰郷第四十四代大宮司家を継ぐかたわら塾を開き、国学、漢学、兵学を教える。東征軍に参加、駿州赤心隊を率いて幕軍と戦う。その後、西南戦争に従軍、現靖国神社の前身、東京招魂社の社司となり祭祀を司り最後は東京麹町区長。
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 御手洗橋のあたりで振り返ると、富士の威容がよく見えました。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2017-02-23 06:31 | 中部 | Comments(0)
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