若草山山焼き編(12):奈良ホテル(15.1)

 さあそれではホテル内を探検することにしましょう。消火器ボックスにかけてあるガラス破砕用の鶴嘴や、赤い消火用バケツに、奈良ホテルの魂を感じます。
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 一階におりると、廊下には皇族を筆頭に、エドワード英国皇太子、アルベルト・アインシュタイン、ヘレンケラー、オードリー・ヘップバーンなど宿泊した著名人の写真が並べてありました。公式サイトによると、昭和期には軍事色を帯び、満州国皇帝、ドイツナチス党幹部、イタリアファシスト党幹部の来館が相次ぐようになったそうですが、その写真はありませんでした。きちんと歴史に向き合えばいいのに。ロビー「桜の間」にあったピアノには、「アインシュタイン博士とピアノ」という解説がありました。
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 後学のために転記します。
 1922年12月17日より2泊されたアインシュタイン博士が弾いたこのピアノは、長らく所在不明でした。1992年旧国鉄大阪鉄道管理局舎の解体時に発見され、交通科学博物館に保管されていたものがこのピアノだと確認されたのは、2008年には博士がピアノを弾く写真の原版を入手したことなどによるものです。ピアノは戦後GHQによる接収前にホテルより運び出されたと推測され、創業100周年の2009年、約60年ぶりに里帰りを果たしました。脚部に鉄道省・国鉄の「動輪」が施された優雅なデザインのピアノです。(米国ハリントン社製)
 ラウレルの胸像もありましたが、彼も宿泊したのですね。ちなみに、太平洋戦争下、フィリピン共和国の大統領であった、ホセ・ラウレル大統領のことです。ラウレルは、日本の敗戦が濃厚になった1945(昭和20)年3月に日本へ脱出し、奈良ホテルで亡命生活を送りました。ラウレルは、その年9月には連合軍に戦犯容疑で連行されるまで、ラウレル一行は奈良ホテルに滞在します。1969(昭和44)年、ラウレル元大統領の一家が奈良ホテルに訪れ、亡命生活時に対する感謝の気持ちを込めて胸像を造りホテルに設置したそうです。
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 さて紫煙を燻らしたくなったので、喫煙できる場所をフロントで訊ねると…やはり外にある屋根と囲いのあるベンチでした。しかし、電気ストーブが設置されていたところに奈良ホテルの魂を感じます。
 それで部屋に戻りましょう。陽光がさしこみ、スチームの柔らかな暖気とあいまって、部屋はぬくもりに満ちていました。スチームの鳴らす微かな音も旅愁をそそりますね。
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 そしてふかふかのベッド、時刻は午後三時。はい、昼寝ということで合意が成立。これほど快適な午睡はなかなか経験できません、か、い、か、ん… zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
 というわけで、素晴らしいホテルでした。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-05-24 06:30 | 近畿 | Comments(0)
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