若草山山焼き編(15):奈良町(15.1)

 それでは夕食をとってホテルへと帰りましょう。春日大社には鹿に関する注意を記したピクトグラムがありました。「たたく・突進・かむ・突く」に注意か、はい我々は全部経験しております。春日大社萬葉植物園では「イルミ奈~ら」というイルミネーションの催しが行われていましたが、入場料は1000円。やめやめ、人工照明を見るのに大枚千円を払うなんて貧乏性のわれわれ二人にはできかねます。
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 その先では「春日大社 大とんど祭場」という垂れ幕がかかり、大きな櫓が組まれて火が燃え盛っていました。
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 春日大社の公式サイトにはこうあります。
 小正月の伝統行事である「大とんど」を境内の飛火野で開催。飛火野に火炉(5m×5m、高さ3m)を設置し、正月に神社に持ち込まれた古いお札やお守り、注連縄飾りなどを焚き上げます。当日の会場への直接の持ち込みも可能。事前に市観光協会にて募集したボランティアにより、ダイオキシンが発生しないようお守りなどからビニールを除去する分別作業を行い、環境にも配慮した大とんどにしています。
 そしてライトアップされた旧奈良県物産陳列所の前を通り過ぎます。『奈良県の歴史散歩 上』(奈良県歴史学会 山川出版社)から引用します。
 奈良国立博物館の東側、春日大社表参道バス停の西側に京都の平等院の鳳凰堂を模してつくられたという玄関ロビーをもつユニークな建物が見える。現在は公開されていないが、「県内物産ノ改良振興ニ資スル」ため、2万5700円余の工費を投じて1900(明治33)年に起工し、2年後に完成した奈良県物産陳列所(国重文)の建物である。県内のさまざまな物産を陳列したり、その一部は即売されたという。当初は1人1銭の縦覧料が徴収された。
 設計はその頃奈良県技師として古社寺保存法にもとづく古建築修理の監督にあたり、その後日本建築様式史の確立に力を注いだ関野貞(ただす)である。日清戦争から日露戦争にかけて、勧業政策の充実が叫ばれた時代を象徴する建物の一つである。幾何学的な文様を施した窓に白壁が映え、公園の緑と調和して非常に美しい。(p.27)
 さきほどの雑踏が夢のように静謐な奈良町をそぞろ歩いていると、和風建築の「春」というステーキ屋を見つけました。よろしい、ここで夕食をいただきましょう。洒落た中庭を見ながら、大和のサーロイン・ステーキに舌鼓を打ちました。
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 なお給仕をしてくれた若い女性と話が弾んだのですが、彼女は宮崎県出身で、世界史教師をめざしてバイトをしながら勉強中とのことです。フランスに二カ月留学して、日本の歴史や文化をあまりにも知らないのに気付き、ここ奈良に移り住んだとのことです。その意気やよし。ホセ・オルテガ・イ・ガセット曰く、"過去は、われわれがなにをしなければならないかは教えないが、われわれがなにを避けねばならないかは教えてくれるのである"。お互い、何を避けるべきかを歴史から学んでいきましょう。

 食後のお散歩で、猿沢の池と興福寺を散策。夜景をカメラにおさめてホテルに帰着しました。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2017-05-27 06:30 | 近畿 | Comments(0)
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