若草山山焼き編(20):大和郡山(15.1)

 その近くには古い意匠の火の見櫓がありましたが、おそらく江戸時代のそれを復元したのでしょう。交通安全足型を撮影して本町へ。
c0051620_624546.jpg

 このあたりは古い商家が櫛比する落ち着いた雰囲気の街並みです。厨子二階塗籠造り、格子窓、起り屋根、うだつなど、見ていて飽きません。
c0051620_6252050.jpg

 郡山城の外堀を利用し整備した公園、外堀緑地を通り抜けて紺屋町へ。
c0051620_6254698.jpg

 このあたりはかつて染物屋さんが集まっていた町で、道筋の中央には水路が通っています。この水はお城の堀から流れ出ており、染めた布や糸を晒していたそうです。こちらにある箱本館「紺屋」は、明和年間(1764~1771)に建てられた市内最古の町屋です。奥野氏が代々染物屋を営んでいましたが1998年に廃業したため、藍染の体験もできる資料館として再生しました。
 洞泉寺町の方へ歩いていくと、「美しく、強く、成長する国へ。」という訳の分からないスローガンを掲げる高市早苗氏(自民党)のポスターが貼ってありました。
c0051620_6261128.jpg

 そう、2016年2月8日、衆議院予算委員会において、放送局が「政治的に公平であること」と定めた放送法の違反を繰り返した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性について、「行政が何度要請しても、全く改善しない放送局に何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり可能性が全くないとは言えない」と述べた御仁ですね。自民党の尻の穴を舐めろ、さもないと痛い目にあわせるぞ、というメディアへの恫喝も問題ですが、「政治的に公平」の趣旨を「政権与党への批判を禁ずる」と捉えることにも疑問を感じます。このお方だけではなく自民党のみなさまには、ぜひ『学校が教えないほんとうの政治の話』(ちくまプリマー新書)を熟読して斎藤美奈子氏の言をかみしめていただきたいものです。
 政治参加の第一歩は、あなたの「政治的なポジション(立場)」について考えることです。政治的なポジションは、結局のところ、二つしかありません。
 「体制派」か「反体制派」か、です。
 「体制」とは、その時代時代の社会を支配する政治のこと。したがって「体制派」とはいまの政治を支持し「このままのやり方でいい」と思っている人たち、「反体制派」はいまの政治に不満があって「別のやり方に変えたい」と考えている人たちです。
 さて、あなたはどちらでしょう。
 どっちでもない? あ、そうですか。そんなあなたは「ゆる体制派」「ぷち体制派」「かくれ体制派」です。どっちでもない、つまり政治に無関心で、特にこれといった意見がない人は、消極支持とみなされて自動的に「体制派」に分類されます。
 先にいっておきますが、政治的な立場に「中立」はありえません。
 世の人々はとかく「自分こそが中立で、まわりが偏っているのだ」といいたがります。あるいは「自分こそが正義で、まわりがまちがっているのだ」と考えたがります。とんだ誤解というべきでしょう。民主主義とは多種多様な意見を調整し、よりよい結論を導くためのしくみです。人の意見は多様なものである、という前提に立てば、どんな意見も少しずつ「偏っている」のが当たり前なのです。(p.19)
 そうそう、奈良二区有権者のみなさまも是非読んでください。そしてこのような御仁が衆議院議員としてふさわしいのかどうか熟考していただきたいものです。

 本日の二枚です。
c0051620_6264342.jpg

c0051620_6271099.jpg

by sabasaba13 | 2017-06-06 06:27 | 近畿 | Comments(0)
<< 若草山山焼き編(21):洞泉寺... 若草山山焼き編(19):大和郡... >>