近江編(6):五個荘(15.3)

 最後に訪れたのが外村繁邸。呉服木綿問屋を営んでいましたが、外村繁は「草筏」「花筏」など近江商人を題材にした小説を書いた方だそうです。知りませんでしたが。こちらにも素敵なお庭と川戸がありました。
c0051620_6273914.jpg

 なお滋賀の良質な土を磨きあげて光沢をだす「大津壁」は初めて見ました。
c0051620_628584.jpg

 そして近くにある川並へ、こちらの街並みも素敵でした。
c0051620_6282851.jpg

 お腹がへったので昼食をいただこうと「五個荘観光センター」に行くと、その隣にあった「プラザ三方よし」の入口に、よく見かける飛び出し小僧顔はめ看板が立てかけてありました。ダブルは珍しいわな、とりあえず写真におさめようと近づくと…ぬぅわんと「とびだし坊や発祥の地 東近江市」と記されているではあーりませんか。以前、湖東三山を訪れた時に、やたらと手作りの飛び出し小僧を見かけたので、八日市は飛び出し小僧のサンクチュアリではないかと呟いたことがありますが、発祥の地だったのか。帰郷後にインターネットで調べてみると、「まほろば製作所」のサイトにその由来が紹介されていました。
 それは今から30年以上も前のこと。昭和30年代から40年代にかけて高度経済成長期にあった日本では、車の交通量が急激に増加し、全国で交通事故が増え続けていました。子どもの飛び出しによる事故も多く発生したため、その対策が急務となっていました。"交通戦争"という言葉が頻繁に使われるようになったのもこの頃のことです。そんななか、滋賀県旧八日市市(現・東近江市)の社会福祉協議会が中心となり、急増していた子どもの飛び出し事故を未然に防ぐ啓発活動を展開するという計画が持ち上がりました。当時、同社会福祉協議会から相談を受けた、看板製作業の久田工芸さんが啓発資材の製作を請け負うこととなり、代表者久田泰平さんの手によって、「坊や」が飛び出す様子をかたどった「飛び出し注意」を促す合板製看板、いわゆる「飛び出し人形=飛び出し坊や」が考案されました。昭和48年(1973年)のことだそうです。
 へー、飛び出し小僧に歴史あり、ですね。

 本日の四枚です。一枚目が五個荘、二・三枚目が川並です。
c0051620_6285576.jpg

c0051620_6291894.jpg

c0051620_6293792.jpg

c0051620_6295933.jpg

by sabasaba13 | 2017-07-13 06:30 | 近畿 | Comments(0)
<< 近江編(7):五個荘(15.3) 近江編(5):五個荘(15.3) >>