近江編(7):五個荘(15.3)

 それでは「五個荘観光センター」でお昼ご飯をいただきましょう。ランチセットのキャベツメンチカツを所望したところ、嬉しいことに漬物バイキングがついていました。これは嬉しい、五種類の漬物を少しずつとってすべていただきました。
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 メンチを食べながら、観光パンフレットを読んでいると、近江商人に関する一文がありましたので転記します。
商法を支えた近江商人の理念

 江戸時代、近江商人は天秤棒を肩に全国各地にわたって活躍しました。その精神は現代に至るまで連綿と受け継がれています。
 江戸時代初期から発祥した近江商人たちは、はじめ行商からスタートし、やがて舟や牛馬を使って大規模な卸売を行うようになります。
 特徴的なのは、ただ産物を他の地域で商うだけではなく、各地域の産物を仕入れ、よく売れる地域で商うという「諸国産物廻し」でした。
 また、大福帳による複式簿記を行うなど、独自の資本意識を持って、近江商人たちは今でいう流通システムの確立を行ったのでした。

 売り手よし 買い手よし 世間によし 三方よし

 商いというものは、売り手が利益を得て、買い手が欲しい商品を手に入れるという、売り手も買い手も満足する取引でなければならない。そして、その取引で得られた利益は世間のため、広く公共のために活用されなければならない。
 「売り手よし・買い手よし・世間によし」という、近江商人の格言として有名な「三方よし」の理念を説いた最初の人物は、江戸時代中期、近江国神崎郡石馬寺村(五個荘石馬寺町)の麻布商、中村治兵衛家の二代目宗岸であったと言われています。
 「売り手よし・買い手よし・世間によし」か…これは三思に値する言葉ですね。商売は人や社会を幸せにするために営まれる、経済が社会に埋め込まれていた時代をよく表現しています。経済行為においては、リスクやコストを他者や社会や未来に押しつけぬよう自制すべきである、と言い換えてもいいかな。思うに、近代とはそうした自制を取り払った時代だと考えます。短期間で簡単に大儲けすることを至上命題とし、投機的投資に現を抜かし、ひたすら経済成長をめざす、経済に社会が埋め込まれた時代です。「売り手だけよし」の"一方よし"ですね。そのリスクやコストは、無力な弱者に押しつけて平然とし、どのようなカタストロフが起ころうとも責任を取らない。株式・通貨・不動産の各市場が危機を生み出そうとも、再生不能エネルギー資源が環境を破壊しても、希少資源の支配をめぐる戦争が起ころうとも、それがテロリズムを誘発しようとも、未来の世代が犠牲になろうとも、知ったこっちゃない。今だけ、金だけ、自分だけ。
 やれやれ、「それでも人間か」と罵倒したくなりますが、シェイクスピアだったら「それが人間だ」と切り返すでしょうね。もしdecentな世界と未来を望むのであれば、この近江商人の言葉をもう一度噛みしめるのも悪くないと思います。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-07-14 06:27 | 近畿 | Comments(0)
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