近江編(11):近江八幡(15.3)

 そして池田町洋風住宅街(ヴォーリズ建築群)へ。街角に解説板があったので転記します。
 アメリカ人・ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、1905年にキリスト教の伝道を目的に、現在の八幡商業高校に英語の教師として来日しました。その後は、建築家として「建築物の品格は人間の人格と同じくその外装よりむしろ内容にある」との考えをもとに建築活動を展開。この住宅街はヴォーリズが大正期に手がけた初期の作品で、アメリカの開拓時代を象徴するコロニアルスタイルと呼ばれる建物です。以後、山の上ホテル、大丸心斎橋店・関西学院大学、等々、全国に約1600に及ぶ建築を手がけました。そんな彼を内村鑑三は「ヴォーリズ君は世に稀に見る建築術の天才であり、また深く正しく日本を解し、これを愛する米国人の一人であります」と評価しています。
 残念ながら住宅はすべて非公開です。とは言っても、その外観や佇まいから、ヴォーリズの考える"理想の家"がそこはかとなく感じられます。どのお宅にも煙突があるのは、マントルピース(暖炉)が設置されているからですね。彼は、住宅は子どもの成長の器であると考え、ゆったりとした居間をとり、マントルピース(暖炉)を設けその前で家族のコミュニケーションが図れるようにしました。武骨だけれど暖かみのある煉瓦塀は、「焼き過ぎ膨張レンガ」で作られているそうです。これから訪れるホフマン窯で焼成されたレンガの中で商品価値のない捨てられた焼き過ぎ膨張レンガを無駄にせず、しゃれた塀の材料として利用し、建築コストの削減も図りました。観光パンフレットによると、彼は「建築家は日常生活のために使用する快適で健康を守るに良い、能率的な建物を熱心に求めている建築主の意を汲む奉仕者となるべきである」と語っていたそうです。彼が設計した住宅には、採光性と耐久性、風通しのよさ、内開きのドアと固定椅子など工夫された玄関、安心して使える階段、掃除のしやすさといった特徴があるとのことです。「三方よし(売り手よし・買い手よし・世間によし)」という、近江商人の精神が影響しているのかもしれませんね。近江兄弟社のサイトにも「青い目の近江商人」と紹介されていました。

 近くにあった八幡小学校もヴォーリズの設計、洒落た三角屋根と車寄せが印象的です。解説板を転記します。
 開校は明治19年。大正6年に建てられた木造2階建校舎は擬洋風建築様式を取り入れた西洋的建築物で、NHK朝の連続ドラマ「はっさい先生」の舞台ともなった。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2017-07-22 07:22 | 近畿 | Comments(0)
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