近江編(15):近江八幡(15.3)

 すぐ近くには近江兄弟社のオフィス・ビル、そして丁稚すがたの「飛び出し人形」がありました。
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 ヴォーリズと、彼に花を捧げる少女の像も印象的ですね。彼に対する近江八幡市民の感謝の意を表しているのでしょうか。
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 それではヴォーリズ記念病院へと向かいましょう。西ノ湖にそって十数分ほどペダルをこぐと、ヴォーリズ記念病院に到着です。ヴォーリズ建築事務所で働いていた遠藤観隆(かんりゅう)が、設計の才能を発揮しはじめながらも肺結核で死亡してヴォーリズを大いに悲しませ、彼は療養院建築を決意しました。それに多大なる協力をしたのが、米国ニュージャージー州の菓子商を営む裕福な家庭の婦人であったメアリー・ツッカーです。京都YMCAのフェルプスの紹介で来幡した彼女は、ヴォーリズを訪れてその事業に深く共鳴し、巨額の寄付をしました。これによって1918(大正7)年に肺結核の療養所として「近江療養院」が開設され、現在のヴォーリズ記念病院へといたります。
 ツッカーハウスは、その近江療養院の旧本館です。
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 旧五葉館(希望館)は、結核患者の病棟として建てられました。五つの病室が楓の葉のように五方向に突き出ていることで、太陽の光をいっぱいに受けられる構造になっています。
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 礼拝堂は、結核などで亡くなった方々の霊を慰め、患者さんの心のケアをするための施設です。
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 いずれも、使う人に寄り添い、使う人のことをとことん思いやったヴォーリズの姿勢がひしひしと伝わってくる好建築でした。

 なお守衛所も愛らしい好建築でした。
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by sabasaba13 | 2017-07-26 06:24 | 近畿 | Comments(0)
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