名古屋編(13):名古屋城(05.8)

 駅に戻る途中の住宅街で、風変わりなデザインの穴あきブロック塀をゲット。戦前だったら不敬罪で、逮捕・拷問でしょう。日本唯一の超宗派の国際的寺院であるという覚王山日泰寺の門前町を抜けて覚王山駅に戻り、地下鉄に乗って栄で名城線に乗り換えて市役所駅で下車。次なる目的地は名古屋城です。
c0051620_1944187.jpg

 まあ見ても見なくてもどうでもよかったのですが、一応礼儀として訪問しました。家康によって築城されましたが、1945(昭和20)年の名古屋大空襲で消失、1959(昭和34)年に復元されました。加藤清正が運んだといわれる巨石「清正石」、清正公石曳きの像を見物して、城内へ。金の鯱をふくむ貧弱な展示をざーっと見て天守閣に上り市内を一望して、見学終了。ちょっと気になったのは、「青松葉事件之遺跡」という記念碑です。今、インターネットで調べてみたところ、1868(慶応4)年正月、名古屋で佐幕派が幼主・義宜を奉じて幕府軍に投ずる計画があると聞いた新政府の要請で、先代の尾張藩主徳川慶勝が藩の重臣3名を申し開きの機会を与えず斬首し,その同士11人を処刑した、という事件です。はじめて知りましたが、明治維新の暗黒面が垣間見えますね。
c0051620_1945598.jpg

 そして駅に戻り、戦前の建築である愛知県庁(1938)と名古屋市役所(1933)の外観を見物。無駄に税金を使わず大事に大事に施設を使い続ける行政の姿勢に、敬意を表します。それにひきかえ… 民衆はその知的レベル(以下略) 前者は、日本風の屋根を近代ビルディングの上にのせる帝冠様式のデザインです。国威発揚のために1930年代から流行したもので、東京でも国立博物館や九段会館で見られます。
c0051620_195831.jpg

by sabasaba13 | 2005-09-16 06:07 | 中部 | Comments(0)
<< 名古屋編(14):大須観音(0... 名古屋編(12):東山給水塔(... >>