名古屋編(18):妻籠(05.8)

 そしてここから数分で妻籠に到着、タクシーを降りて歩いて散策をしましょう。その前に案内所でバスの運行状況をチェック、馬籠での滞在が一時間ほどですむのなら、二葉御殿が見られそうです。馬籠に行ってから決めましょう。さて、ここ妻籠は中山道の宿場町でしたが、明治以降、鉄道・道路の敷設によりその機能を失い衰退の一途をたどりました。しかし高度経済だけ成長の真っ只中の1968(昭和43)年から、「売らない・貸さない・壊さない」をモットーに全国に先駆けて街並み保存をはじめ、見事な景観を守っています。いやあ、徹底していますね、電柱・電線はおろか、現代風住宅・自動販売機・プラスチックなどほとんど見当たらなかったと思います。お見事。ここまでするのならば、不自然とかわざとらしいとか、文句は一切言いませぬ。そして道はゆるやかにうねり、歩くにつれて景観が次々と変化し、見え隠れする木曽の山並。こんなに気持ちいい散歩は、常滑以来です。煙草屋によって煙草を買うと、まるでチェシャ猫か黒い(筆者注:“笑う”ではありません)せえるすまんのように主が破顔一笑、いろいろと話をしてくれました。表札のわきに掲げてあるキノコについて質問すると、顔の下半分を口にして笑いながら、「あれはマンネンダケいうて、幸運を呼ぶキノコや。百町歩で一本しか見つからん。」と教えてくれました。一町歩=約99.1アールですから、(ほんとだとしたら)これは凄いですね。昼食は蕎麦屋で、夏野菜のてんぷら+ざるそば+五平餅をいただきました、うん旨い。
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 ズルズルッと威勢のいい音がするので、ふと前方を見やると若い女性が蕎麦をたぐっていました。目を疑いましたね、わたしゃ。一人旅をし、音をたてて蕎麦をたぐり、黒髪でピアスなし、化粧もマニュキュアもしていない、携帯電話も机上に置いていない… こんな女性がまだいたのか! マンネンダケを見つけるよりも難しいような気がします。「お嬢さん、妻籠における助郷制度の変遷について、僕と語り合いませんか」となぜ言えなかったのだろふ。そして廃校となった旧妻籠小学校へ。あわよくば奉安殿と二宮金次郎を両方ゲットできるのでは、と期待しましたが、コンクリート製の二宮金次郎像だけがありました。まあよしとしましょう。
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 次に本陣、脇本陣、歴史資料館を見学。資料館では、満蒙開拓団についての展示に注目しました。昭和恐慌で養蚕業を中心に大きな打撃を受けた長野県は、満州への武装移民という国策(1932~)のもと、最も多くの移民を出したのですね。解説によると、ここ読書村からは850余名が現地人から奪った土地に入植しましたが、敗戦時の虐殺や暴動、収容所での疫病により、子供や女性を中心に開拓団員の六割近くが帰らぬ人となったそうです。合掌。まったく国家というのは恐るべきリヴァイアサンです。なお開拓団員の訓練所が茨城県内原にあり、近年資料館ができたそうなので、機会をつくって行くつもりです。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2005-09-21 05:20 | 中部 | Comments(2)
Commented by kurashiki-keiko at 2005-09-22 02:20
30数年ぶりに妻籠を拝見しました。倉敷も町並み保存に力を入れていますが、妻籠のほうが徹底しているようですね。木曾の山並みも景色のうち、実にいい景色です。
Commented by sabasaba13 at 2005-09-25 20:39
 こんばんは。そうですね、その徹底ぶりには圧倒されました。現代の生活様式とどう折り合いをつけるのかが難しいと思います、間違いなく通りすがりの小生には気がつかないさまざまな苦労があることでしょう。敬意を表します。
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