沖縄編(25):渡嘉敷島(05.8)

 翌日は大事をとって海には入らず、レンタカーで島内めぐりを続けます。今日は逆方向で島を一周しようと港に向かい、東側の林道を南下して港の見える丘展望台を過ぎると、山ノ神が右手山側に何かのモニュメントを見つけました。さっそく確認したところ、「アリラン慰霊のモニュメント」でした。以下、碑文を要約します。大戦中、慶良間諸島は海上特攻艇の秘密基地とされます。アメリカ軍がまず慶良間諸島に上陸したのは、この基地を叩くためだったのですね。「戦跡碑」を建立した海上挺身第三戦隊は、特攻艇部隊だったのでしょう。その際、千人余の朝鮮人男性が軍夫として、21人の朝鮮人女性が慰安婦として慶良間諸島に連れてこられます。そして米軍の上陸前後に、日本軍の迫害と虐殺によって数百人の軍夫が犠牲となり、慰安婦4人も非業の死を遂げます。そして慰安婦の存在に光をあてた記録映画「アリランのうた オキナワからの証言」制作に参加した橘田浜子氏は、1992年、帰郷の道を失い沖縄に取り残された渡嘉敷島の元慰安婦が死後五日目に発見されたことに衝撃を受けます。そこでそうした女性たちを悼み心に刻むために、寄付によってつくられたのがこのモニュメントです。ガイドブック等にも載っておらず、偶然出会えたことを嬉しく思います。合掌。なお案内板が倒れて朽ち果てていましたが、一瞬いやなことを想像してしまいました。まさかそんなことはないと思いたい。
c0051620_21194716.jpg

 さて阿波連に着きふとポスターを見ると、半潜水型ボートによる珊瑚礁ウォッチングがあります。これは面白そう、とりあえず予約をし、出航時間まで時間があるのでもう一度車で港に向かいました。途中に、海を見下ろす眺めの良い場所に小ぶりで瀟洒な別荘があるので、気になって確認したところ、表札に「灰谷健次郎」とありました。一島一有名人第三弾! 港で最終日の船便の時間を変更し、観光案内所で知った伊江村民収容地跡記念碑を拝見。奇跡的に生き残り、アメリカ軍の捕虜となった伊江村民がここ渡嘉敷島に収容されていたのですね。
c0051620_2120576.jpg


 本日の一枚は、阿波連集落で咲き誇っていた季節はずれのデイゴです。
c0051620_19303344.jpg

by sabasaba13 | 2005-10-30 08:26 | 沖縄 | Comments(2)
Commented at 2007-04-10 23:11 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sabasaba13 at 2007-04-11 20:01
 こんばんは。ブログの楽しさ・素晴らしさの一つは、こうして人と人を結びつけるということですね。あらためて痛感しました。そしてあの重要なモニュメントを製作されたことに心から敬意を表します。他の方々にもよろしくお伝えください。報告を楽しみに待っております。それでは。
<< 「亀も空を飛ぶ」 沖縄編(24):渡嘉敷島(05.8) >>