「水と原生林のはざまで」

c0051620_2051598.jpg 「水と原生林のはざまで」(シュバイツァー 岩波文庫)読了。インターネットで本を注文することが多くなり、本屋・古本屋から足が遠のいてしまっています。いけないいけないと後ろめたく思っているのですけどね。たまたまチェロ・レッスンまで時間があったので、近くの古本屋に立ち寄りました。紙魚と黴の匂いに恍惚としながら、狭い店内をうろうろし、未読かつ安価だった岩波文庫版の本書と「吉井勇歌集」を購入しました。
 アルベルト・シュバイツァー(1875~1965) ドイツの神学者、思想家、音楽家、医師。学生時代の献身の決意を実現するため、神学とあわせて医学を勉強し、1913年パリ福音伝道会派遣の医師として赤道アフリカのフランス領コンゴ(現ガボン共和国)のランバレネに赴き、医療事業を開始する。第一次世界大戦勃発のため捕虜として抑留されて事業は挫折し、ヨーロッパへ送還される。(小学館スーパーニッポニカ) この間のことを綴ったのが本書です。

 まず興味深いのは、シュバイツァーが植民地を、家長主義により肯定していることです。つまりヨーロッパが兄として、経済的・人間的・精神的に遅れている植民地を教え導くのは当然であるという考えです。しかし経済的搾取のための大義名分ではなく、彼は本気で植民地の進歩や発展を願いそれを自ら実行に移します。その根拠として彼は「つぐない」という言葉を使っています。以下引用します。
 各国の白人は、遠い国を発見して以来、有色人種のために何をして来たろうか? …有色人種が数世紀にわたってヨーロッパ人から受けた不正と残忍とを誰が記録できるか?
 …われわれも、われわれの文化もひとつの大きな責任を負っている。われわれはかの地の人々に善をおこないたいとか、おこないたくないとかの自由をまったくもたない。おこなわなければならないのである。われわれが彼らに善をおこなうのは慈善ではなくつぐないである。
 植民地支配は犯罪的行為であるという認識はしっかりともなっています。そしてその「つぐない」のために、あくまでもヨーロッパを基準にした進歩/発展でしかないのですが、アフリカの人々を教え導き苦難・苦痛から救いたいという彼の真摯な気持ちは確かなものです。ランバレネにおける医療活動についての記述を読むと、その困難さがよくわかります。文化の違いによるアフリカの人々との軋轢、過酷な風土、伝染病の猛威、自然の脅威… 時には打ちひしがれながらも、それに立ち向かっていく彼の姿勢は感動的です。
 文化の差異についての興味深い逸話も散見します。アフリカの人々は怠惰であるという意見に対して、彼はこう言います。
 土人は事情によってはたいへんよく働くが、…事情が必要とするだけしか働かない。…土人はわずかに働くだけで、村にいて暮すに必要なものはほとんどすべて自然がこれを供給する。
 これはわれわれの資本主義的文化を鋭くあぶりだす言葉ですね。事情が必要としなくても働き続け、物や情報や幻想を生産し消費し続ける文化。また老いたパウアン人は、第一次世界大戦のことを聞いてこう言います。
 「もう十人今度の戦争で死んだのか!」「なぜこれらの種族がみな集まって談判をしあわないのか? どうやってこれらの死者にすべてを償いうるのか」
 いわゆる「先進国」の人間が、弟として謙虚に学ばねばならない叡智にあふれた言葉ですね。
 というわけで一読の価値はあります。彼の演奏によるバッハのオルガン曲を聴いてみたくなりました。入手できるのかな。
by sabasaba13 | 2005-11-05 07:40 | | Comments(0)
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