野田編(3):(05.11)

 そして再び目貫通りに戻り、小津の母が下宿していた「しこくや」(現在は理容店)、ロマネスク様式の公会堂である興風会館、復員した小津が記念写真を撮影した「戸澤写真店」、旧野田商誘銀行(醤油の語呂合わせ)を拝見しました。このあたりの街並みはなかなか蠱惑的です。近代洋風建築やしゃれた洋館があるかと思えば、重厚な蔵造りの商家や民家、下見板張りの家屋、無個性なインターナショナル様式の現代建築、廃屋とあばら家までとりそろえる、まるで近代建築史の雑多な博物館。百花繚乱というか風馬牛というか… このヨーロッパの都市とは似ても似つかぬ無秩序さ、統一感のなさは一考の価値があると思います。以前に読んだ本で知ったのですが(書名は失念)、ドイツ地方都市の見事に統一された街並みは、第二次大戦後に整備された事例が多いようです。ホロコーストを引き起こしたという精神的痛手を癒すために、ナチス以前の伝統的ドイツ文化に心の拠りどころを求める動きが戦後ドイツにあったそうです。もちろん、虚構としての伝統ですが。その一環として、荒廃した都市を中世ドイツ風の美しく統一された街並みとして再建したとのことです。なるほど。日本の都市の無秩序さは、国家の戦争犯罪にアイデンティティを崩壊させるほどの精神的衝撃を人々が感じなかったことが一つの原因かもしれませんね。なお興風会館内に「あおいそら運動推進委員会」のポスターがありました。「らくなことだけを考えず、元気にがんばろう」というのはみもふたもない表現ですね。某商店では珍しい護符を見つけました。
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 野田の醤油発祥地の記念碑を見て、キノエネ醤油の重厚な黒板塀を拝見。残念ながら内部の見学はできません。小津安二郎の妹が嫁いだのが、ここの社長さんです。
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by sabasaba13 | 2006-01-27 05:46 | 関東 | Comments(0)
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