野田編(4):野田市立中央小学校(05.11)

 そして愛宕神社と西光院を見学。愛宕神社には見事な彫り物の社殿と、磐境・力石がありました。西光院には板碑があるはずなのですが見つけられず探索を断念。
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 次に先ほど通り過ぎて気になっていた野田市立中央小学校を訪問しました。正門から校舎へと続く道の両側に、何気なく普通の民家が建ち並んでいるのです。実は関東大震災(1923)の後、耐震のため鉄筋コンクリート製の校舎がつくられるとともに、地域住民の避難のために小公園と組み合わせた学校が増えます。これは仮説ですが、避難所として住宅地域の中に学校を埋め込んだ結果ではないか。アール・デコ調の装飾からも1920年代後期の建築と見た。というわけで校舎一階の通路を抜けてすんなりと校庭に出ることができました。その一画にある教育史料館は第一・第三土曜日のみの開館、幸い本日が該当しており勇んで入館しました。学校生活の様子を撮った写真や記念写真、教科書等の展示が中心ですが、明治天皇の御真影が見られたのは収穫です。帰りしなに、受付をしていた保護者の方に、あまり期待はせずに「奉安殿は残っていますか」と訊ねたところ、「あります」との回答。やりっ! 是非是非拝見したいと頼み込み、案内していただきました。前記の校舎の中に入っていくので、どうやら室内で御真影・教育勅語を保管するための奉安庫のようです。この鉄筋コンクリート製校舎は昭和3(1928)年に建てられたので「三年館」と呼ばれているそうです。うん読みは当たった、間違いなく震災復興小学校です。高い天井や幅の広い階段など、全体としてゆったりとつくられています。「簡単に壊れる物を作ったら職人恥だ」という心意気を感じる、頑丈なつくりですね。昨今、この気概はどこに消えてしまったのでしょう。販売促進のために、ある期間を過ぎると壊れやすくなる製品をつくる企業もあるという不穏なうわさも聞きます。
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 さて、案内されたのは旧校長室、古風なデザインの机、テーブル、書架が並ぶ室内の壁に奉安庫が設けられていました。観音開きの鋼鉄製の扉で、中には桐でつくられた収納スペースがあります。そして脇には勅語を運ぶための校章つき三宝も展示してあります。これでは当時の生徒や教員が、天皇という権威に頭を垂れるのも納得です。どんなに空虚なものでも、仰々しく扱うことによって権威を付着させることができるということを物語る貴重な遺物です。ぜひとも未来永劫、権威主義的教育を復活させないため(もうしているかな)の他山の石として大事に保存していただきたいと思います。
 学校の前にこんなポスターがありました。怖い…
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 奉安殿・奉安庫に関するバック・ナンバーです。
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by sabasaba13 | 2006-01-28 08:32 | 関東 | Comments(0)
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