「<民主>と<愛国>」

 「<民主>と<愛国> 戦後日本のナショナリズムと公共性」(小熊英二 新曜社)読了。「単一民族神話の起源」「<日本人>の境界」と続いてきた三部作の掉尾を飾るのが本書です。本文だけでも800頁以上におよぶ力作を、わずか数百字で評するなどという蛮勇と知力は小生にはありません。著者の意図は序章でこうまとめられています。
 本書の目指すところは、…「戦後思想」の姿をよみがえらせ、その継承すべき点を評価するとともに、その限界と拘束を超えることである。そのために本書では、戦後思想を現代の言葉から性急に批判することよりも、まず当時においてそれが表現しようとした心情を明らかにし、その最高の部分を再現することに努めた。ある思想の限界を越えるにあたり、その最低の部分を批判することではなく、その最高の部分を再現しつつ越えることによってこそ、その拘束から解放されることが可能になるからである。
 そのためのキーワードとして著者が選んだのが「民主」と「愛国」という言葉です。「戦後民主主義が愛国心を衰えさせた」といった類の言説をよく耳にしますが、事態はそれほど単純なものではないのですね。敗戦から高度経済成長期直前、つまり軍国主義の崩壊、米軍による占領(植民地化)、戦死した知人への想いといった状況の中、さまざまな人々が「民主」「愛国」「民族」「祖国」といった言葉を駆使して公共性やナショナル・アイデンティティを立て直そう/創造しようとした様子がよくわかりました。もちろん、それぞれの思想信条や戦争体験の違いから、その内容は多様なものですが。そして高度経済成長期以降、そうした複雑で豊かな営みを戦後思想として一括りに単純化して、批判あるいは共感されていった。著者は「自己が自己であるという感触を得ながら、他者と共同している状態」を共同性ととらえ、戦後思想を糧としながら、現代に相応しいかたちを与えようという提言を行っています。「戦後民主主義」と「愛国心」の不毛な対立を乗り越えようという試みでもあるでしょう。これまでの二作は、近代日本における自己と他者をきちんと捉え直そうとした試みでもあったのですね。
 それにしても本著に登場する戦後知識人たちの知的営みが、いかに豊穣であったことを知ることができ嬉しく思いました。丸山昌男、大塚久雄、石母田正、竹内好、吉本隆明、江藤淳、鶴見俊輔、小田実… 彼らの遺産を時代・流行遅れだとして安易に忘れ去っているのが現状です。現代の知的退嬰の原因の一つはここにあるのではないかな。なお竹内好と鶴見俊輔については、特に関心を引かれました。折をみて著作を追いかけていくつもりです。
 もう一つこの本で教えられたのが、戦争体験の質の違いです。狂信的な軍国主義、その時代以前に人格や思想の形成を終えた者、その最中に形成しつつあった者、生まれた時からその渦中にあった者、出征した者、都市部にいて空襲とその悲惨を経験した者、農村部や地方にいて経験していない者。その違いにより体験の質は千差万別なのですね、当たり前ですが迂闊にも気付かなかった視点です。これからはその質的違いにも目を配ろうと思います。なお石原慎太郎都知事は、太平洋戦争開始時に9歳、戦中は北海道の小樽や湘南にいて、空襲や戦闘や飢餓など実際の戦争の悲惨さは体験していないようです。自衛隊のイラク派遣に賛成して「平和目的で行った自衛隊がもし攻撃されたら、堂々と反撃して、せん滅したらいい。日本軍というのは強いんだから」(2003.12.2)と発言したり、沖ノ鳥島に上陸して「戦争気分になってきた。これでシナの潜水艦でも浮上すれば面白いんだけど」(2005.5.20)とニコニコしたり、戦争気分は知っているけれど戦争の実態を知らない彼らしい発言ですね。いや、経験していない劣等感の裏返しで、こうした威勢のいい発言をするのかな。ま、いずれにせよ、戦争を肯定する発言を繰り返す人種・女性差別主義者のこの方に約300万人の有権者が投票したという厳然かつ暗澹たる事実は消えません。「戦争っておもしろそーじゃん、シナやババアなんざくそくらえ」というみんなの密かな思いを、彼が代弁しているのかもしれませんね。なおサッカー・アジア杯で日本チームが中国人観衆から罵声を浴びせられた時に彼は「民度が低いんだからしょうがないね」と言っておりましたが(2004.8.6)、いやいやいやいや大丈夫ですよ都知事、日本人の民度だって決して負けていません。なお同時に「ああいう独裁政権というものは自分を維持するためには仮想の敵を作らなくてはいけない。それが日本ということになっている」という発言もしていますが、噴飯ものですね。「日本」を「中国/北朝鮮」と読み替えてみてください。プッ
 いかんいかん、石原氏のことになるとつい多弁になってしまいます、すみません。それはともかく、次回作を楽しみにしています。身銭を切って、こうした真摯で誠実な研究者と出版社を応援する所存です。
by sabasaba13 | 2006-02-01 06:07 | | Comments(0)
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