小倉寛太郎氏の講演

 日本航空が迷走しています。安全性を無視して利潤を追求する経営方針が幾多の事故をまねき、社長の退陣要求につながったと思います。単なる内紛劇として扱うのではなく、もっと内実にふみこんだ報道を期待したいですね。何といっても私たちの命と安全に関わることですから。さて、となると思い浮かぶのは小説『沈まぬ太陽』(山崎豊子著・新潮社)です。生産性や合理化の妨げになるとして労働組合を蛇蝎の如く嫌う人が増えているような気がしますが、そういう方々に是非読んでほしい小説です。
 実は数年前に、主人公のモデルとなった小倉寛太郎氏の講演を聞くことができました。下記は、その内容をまとめて仲間に配ったものです。今だからこそ氏の言葉に耳を傾けたいと思います。なお氏は2002年に逝去されました。合掌。



 先日、『沈まぬ太陽』(山崎豊子著・新潮社)の主人公のモデルとなった小倉寛太郎氏の講演会(出版労連女性部集会)を聞いてきました。その話を人に聞いてほしくて一筆致します。まずは本の粗筋。日本航空(JAL)に勤務していた主人公が突然労働組合の委員長にまつりあげられてしまいます。彼は労働条件の改善を求めて果敢に経営者側とやりあい、初めてのストライキも成功させます。しかしこれによって池田勇人首相の帰国のフライト予定が狂ってしまったから大変(偶然なんですが…)。経営者とそのバックの政府は、見せしめのため彼にカラチ(パキスタン)での海外勤務を命じます。さらに第二組合(御用組合)をつくって組合を分裂させ、第一組合に残った社員に猛烈な嫌がらせをします。過去の組合活動を詫びれば帰国させるという会社側に対して主人公は拒否、さらにテヘランそして(支店のない!)ナイロビにまで飛ばされてしまいます。これは“いじめ”というよりは“流刑”ですね。精神に変調をきたしながらも、彼は「仲間を裏切れない」と十年間耐え続けます。その間に相継ぐ日航機の事故、そして御巣鷹山の日航機墜落事件。組合を無力化させ労務管理を強化したための、乗務員の過労や整備ミスが一つの原因でした。マスコミとのやりとりの中で、主人公に対する会社の報復人事が暴露され、ようやく帰国。以後、彼は御巣鷹山事故の遺族係として尽力、そして誠意のない対応や真相を隠そうとする会社側の態度を思い知ります。日航建て直しのために帝人から派遣された新会長は、彼を抜擢し会社内の腐敗を一掃しようとしますが、経営者や第二組合幹部、政府の抵抗にあって失敗、主人公は再びナイロビ勤務を命じられる… っとに下手な要約ですが、っとに面白いですよ。

 というわけで、アドレナリンがフツフツと分泌するようなこの小説のモデル小倉氏の話が聞きたかったわけです。なお彼はナイロビ勤務中に、ハンティングとサバンナの素晴らしさに目覚め、退職した今ではアフリカのフィールドガイドや野生動物保護で活躍されています。さて講演。主宰が出版労連ということもあって、労働組合についての話題が中心です。
 今の日本の企業の在り方はおかしい。企業のために、個人の生き方・考え方が変えられてしまうのが現状である。それどころか、企業の塀の中には憲法・人権がないし、ファシズムが横行している。経営者の無責任体質もひどい。現在の日本人の無責任さの根源は、十五年戦争の責任を全く取らなかった昭和天皇の態度にある(オオッ[会場のどよめき])、と一発ぶちかました後で、いよいよ本題。
 それでは、労働組合の役目とは何か? まずは労働者の錯覚を正すことにある。その錯覚とは「自分(労働者)はこの企業で働くために生まれてきた/この企業のために生きている」ということである。もう一つは、無能・無責任な経営者を監視すること、経営の在り方についてのお目付役をすること、失敗したら経営者にきちんと責任を取らせること、である。ところが経営者側にとっては、そんなことはさせたくない。そこで経営者側の反撃が始まる。労働組合を丸抱えするか(御用組合化)、分裂させるか(第二組合の結成)である。後者のケースが多いが、そこで経営者が行なうのが組合分裂工作、つまり脅迫と誘惑である。第一組合に残れば「出世をさせない」と脅かし、第二組合に入れば「主任にしよう」と誘惑する。人間は「正しい/正しくない」という行動基準を持つべきだが、しかし人間は弱いものでもある。経営者側の脅迫と誘惑にあい、損得勘定をし、正/不正を考えず、自分の弱さに屈し、第二組合に移ってしまう人が多い。つまり、組合分裂工作とは、人間が自分の弱さに屈することにお墨付きを与える、いいかえれば企業による人間性の破壊である。こうしたことが平然と白昼堂々と行なわれ、しかも最近激しさを増している。
 その結果どうなるか。企業の経営を批判する存在がなくなる。労働者と経営者の癒着と馴れ合いが始まり、やがて企業の病状は悪化し腐敗してゆく。これが日本の企業の現状である。
 では労働組合はどう立ち向かえばいいか。アフリカのサバンナにはバッファローとヌーという動物がいる。バッファローは、ライオンに襲われると必ず群れで立ち向かう。数頭でライオンに体当たりをし、数頭が傷ついた仲間の傷をなめる。一方、ヌーはチーターに襲われると、バラバラに逃げまどう。チーターの弱点は足なので、数頭のヌーで立ち向かえば被害は減らせるはずなのに、それをしない。そして、仲間の一頭がチーターに食いちぎられているその前で、「ああ今日は俺の番じゃなくてよかった」とばかりに平然と草をムシャムシャ食べている。言い古されたことだが、団結しかない。労働者はバッファローになるしかない。そして個人個人が自分の弱さを克服しようと努力すること。
 私はどんな仕打ちを受けても会社をやめなかった。なぜなら仲間を裏切ることになるからだ。私がやめれば、一番喜ばせたくない連中(経営者)が喜ぶし、一番悲しませたくない人々(職場の仲間)が悲しむからだ。(と涙ぐむ[山ノ神談])

 ウーン、いかがでしょう。もう一つ、小倉さんが質問の中で話してくれた逸話を紹介します。人気作家山崎豊子氏の次の作品を連載させてもらおうと、多くの出版社がやってきたが、日航の内情を描いた作品だということが分かると、みな腰が引けて逃げてしまった。その中で新潮社の山田氏だけが会社を説得し、週刊新潮での連載が始まった。すると日本航空(JAL)は、新潮社の出版物から日航の企業広告をすべて引き上げてしまった。新潮社は莫大な広告料を失い打撃を受け、山田氏への非難が集中したそうである。しかし連載は人気を呼び、週間新潮の売り上げは倍増し、損失分を十分にカバーすることができた。さらに単行本にしようとした時に、心労・過労のため山田氏は入院してしまう。その単行本がベストセラーとなり、社員が入院中の山田氏に報告しにいくと、「200万部を突破するまでは見舞いに来るな!」と一喝されてしまう。そして200万部を突破し、その報告をしにいくと、彼はすでに亡くなっていた…
by sabasaba13 | 2006-03-13 06:05 | 鶏肋 | Comments(10)
Commented by mimishimizu2 at 2006-03-13 12:47
じっくり読ませていただきました。「沈まぬ太陽」読んでいませんが、近々必ず読んでみます。組織に立ち向かうというのは大変なことですよね。それを敢然として貫き通した方の生き様は想像しただけでも胸が熱くなります。
出版関係にお勤めでいらっしゃるのですか・・・・
Commented by mimishimizu2 at 2006-03-13 12:50
すみません。もう一つ。
ここにはじめてお邪魔した時から気になっていたのですが、ロゴの写真は、ひょっとして、「伴大納言絵詞」のなかのものですか・・・
Commented by sabasaba13 at 2006-03-13 18:52
 こんばんは。東京の片隅で叫びますが、ほんっとに面白い小説でした。ああまた読み返したくなってきました。なお小生の正体については、ある時は競馬師、ある時は片目の運転手、またある時はインドの魔術師ということにしておいてください。なお正義と真実の使徒ではありませんが。
 ロゴ写真についてはその通り、「伴大納言絵詞」に登場する不審な男です。よくご存知ですね、お見事です。まさか見破られるとは思ってもいませんでした。
Commented by K国 at 2006-03-14 12:04 x
会社の方針が拝金主義になり、経営者は保身に走る
だいたいそんな会社はいつかボロが出ます、ライブドア、日航、三菱自動車、ヒューザー、木村建設と問題のある会社は総じて回りにイエスマンのみ、自分さえ良ければの利益追求、お客を無視した経営方針
大きな会社ほど個人が潰されてしまってる、社員は使い捨て、役に立たなくなるとポイ
人の為に成れ、迷惑をかけるな、後ろ指を差されるな、の昔の教えを忘れて私利私欲に走る浅ましさ、良いことをしても目立ちません
悪い事をすると全国ニュースで伝えてくれます
まだ多くの善意があると信じてます、でないとこの国は本当に駄目になってしまう

Commented by sabasaba13 at 2006-03-14 19:21
 こんばんは。本当に悪意と同じくらい、世界には善意が満ち溢れていると信じ続けたいと思います。それにしても最近の企業の鬼畜・外道のようなやり方には、瞋恚の焔が吹き上がる想いです。しかも悪辣な企業まで法人税で優遇しようというのですから言語道断。ここは一発、何としてもマス・メディアに頑張ってほしいのですが、企業の論理に埋没している日本のメディアのお尻に火をつける良い方法はありませんかね。
Commented at 2006-09-04 07:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by えん at 2006-12-12 01:10 x
コンバンワ。今ちょうど本を読んでいます。
感想をブログに書きたいのですが、最後の小倉氏が話してくれた
ストーリーを引用させてもらってよろしいでしょうか?
+TB可能であればピング打たせてください
Commented by sabasaba13 at 2006-12-12 17:01
 こんばんは。引用もTBもNo problemです。たいへん感銘を受け、また心に残るあの本を多くの方々に紹介していただけるのは嬉しいです。著者の山崎氏も、そして何より故小倉氏・故山田氏も喜んでくださると思います。
Commented by えん at 2006-12-14 00:50 x
早速TB +引用させていただきました。
本当にありがとうございました。
私も一度小倉氏に会ってみたかったです。
今実際2部を読んでる途中です。大事に大事に読ませていただいております。
Commented by sabasaba13 at 2006-12-14 19:01
 こんばんは。どういたしまして。本当に心に残る講演であり、珠玉の言葉をいくつももらいました。絶対に忘れません。企業による労働者や消費者・利用者への蹂躙がますます横行する今こそ、氏の志を受け継ぎたいと思います。もちろん彼のような行動は私には無理ですが、1/100でもいいからできることをしていく所存です。
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