「アダルト・ピアノ おじさん、ジャズにいどむ」

 「アダルト・ピアノ おじさん、ジャズにいどむ」(井上章一 PHP新書306)読了。著者は風俗史の研究家、私も以前に「つくられた桂離宮神話」(講談社学術文庫)を読んだことがあります。法隆寺回廊列柱がエンタシスの影響を受けたという説には何の根拠もなく、そうした説が流布された時代背景を鋭く分析した点などが記憶に残っています。以後、ご縁がなかったのか、私の知的怠慢からか、ご無沙汰していたのですが、まさか密かにジャズ・ピアノを練習していたとは! しかもナイトクラブでピアノを弾いて女性にもてたいという、不純かつ真っ当な目的のためです。まったくの初心者が41歳でピアノをはじめた中年のおじさんが、約8年間で人前でそれなりのジャズ・ピアノを弾けるようになるまでの悪戦苦闘・発汗一斗の記録です。こうしたノウハウ本は、やはり教えられる側が書いた方が参考になりますね。教える側は、ある程度才能がありすでに技術を会得しているので、なぜ生徒ができないのか理解できないと思います。長嶋茂雄氏のように「ビューと来た球をガツンと打てばいいんだ」と言うのが関の山でしょう。その点、氏は自らの貴重な体験から、素人のおじさんがピアノを弾くためのアドバイスを惜しみなく分け与えてくれます。例えば、ハノンやバイエルなどの調教のような練習は必要なし、運指も我流で結構、コード進行が大事、退屈な会議中に指を動かす練習をせよ、などなど。そして何よりも、北極星の如く空の高みで輝く目的(ex.ホステスにもてたい)をもって、練習を怠らないこと。
 おじさん相手にピアノを教えている方にとっても、必読の書です。例えば譜面にかぶりつく人に対しては、「暗譜すると、ピアノを弾きながら女性を口説けますよ」というアドバイスが効果的。なるほど。また、なぜ中年のおじさんがピアノを弾きたがるようになったのかについての分析も、さすがに専門分野だけあって面白かったです。
 私事ですが、実は私も現在チェロを習っています。あっ、ナイトクラブとは関係ないですよ、あくまでもバッハの無伴奏組曲を弾いて、結果として聴き惚れてくれる女性が一人でもいたらいいなあという純粋な目的です。氏のピアノにかける思いと情熱、そして何よりも日々の研鑽と練習に感服し、もっと集中して練習しなければと思いました。井上さん、どこかのクラブで会ったら、ぜひ「アマポーラ」を合奏しましょう。

 追記。氏がピアノをはじめるきっかけとなったもう一つの出来事が、老人を対象とした教養講座で講演をした後に、事務所の方にした質問です。「お年寄りのサークルでは、どんなおじいさんがもてますか?」「ピアノが弾ける方です」 老後を楽しく生きるための戦略でもあったのですね。はい、問題です。「どんなおばあさんがもてますか?」 答えは明後日に…
by sabasaba13 | 2006-03-28 19:38 | | Comments(0)
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