愛国心雑感

 いやはや、教育基本法が自民党と公明党によって変えられようとしているのに、マス・メディアは本気で取り上げないのですね。これからの日本を左右する重大な問題なのに。ま、たしかに拉致問題や竹島問題や中二殺人事件のほうが、ナショナリズムと日常の不安を煽り立てるのに好都合な話題なのはわかりますけれど。両党の折衷案は「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」という文言でしたね。余計なお世話です。日本が愛するに値する国かどうかは、私が判断します。そして値するとなったら、その中の何を愛するかも私が判断します。私はこの国の自然・風土と、納豆・醤油・豆腐や宗達・光琳・若冲・国芳などの文化を愛する自他共に許す愛国者ですが、嫌悪している伝統や文化も多々あります。加藤周一氏の言(夕陽妄語「春秋無義戦」より)を借りると、閉鎖的集団主義、権威への屈服、大勢順応主義、生ぬるい批判精神、人種・男女・少数意見などあらゆる種類の差別。そして何より政官財による支配・管理システム。
 それを十把一絡に愛せなんて、無理・無茶・無体・無謀・無法です。個人が「愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」としつこくつきまとうとストーカー行為なのに、国家がやると許されるのですね。本音は、政官財の意向に唯々諾々と従う、批判精神のない従順な人間を大量生産するためなのでしょう。
 絶望しながらも、後で後悔しないように、書名集め、集会やデモへの参加、抗議メールなど、できる範囲で声をあげたいと思います。われわれの戦いの見込みのないことは戦いの意味や尊厳を少しも傷つけるものではない。(V・E・フランクル)
 こうした重要な問題を選挙の争点にもしない政治家、政治家と結託して管理・統制を強化しようとする官僚、政治家・官僚の顔色をうかがってまともな報道をしないジャーナリスト、そしてこうした事態に無関心な多くの人々。暗澹とした気持ちになってしまいます。こんなジョークを思い出しました。「英国人にとっての地獄は、ドイツ人が警官をし、スェーデン人が喜劇役者で、イタリア人が国防軍を組織、フランス人が道路工事をして、スペイン人が列車を走らせる。」 私ならさしずめこう言い換えます。「日本人にとっての地獄とは、日本人が政治家で、日本人が官僚で、日本人がジャーナリストで、日本人が国民である国。」

 愛国心やナショナリズムに関する気になった言葉のコレクションがだいぶたまってきたので、紹介します。

 愛国者 (patriot n.) 部分の利害のほうが全体のそれよりも大事だと考えているらしい人。政治家に手もなくだまされるお人好し。征服者のお先棒をかつぐ人。(A・ビアス)

 わたしは百パーセントのスペイン人です。自分の地理的境界の外で暮らすことは、わたしには不可能でしょう。けれども、わたしは、スペイン人であるということだけで、スペイン人である人間を憎んでしまいます。わたしは、すべての人びとの兄弟であり、目かくしをしながら祖国を愛してるという、ただそれだけの抽象的な愛国主義的観念のために、自分を犠牲にする人を呪います。
 よい中国人はわるいスペイン人よりも、わたしにちかい人です。
 わたしはスペインを詠い、骨の髄までこの国を感じていますが、しかし、わたしはそれ以前に世界人であり、すべての人びとの兄弟です。ですから、わたしは、政治的国境というものを信じません。(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

 良心を痴鈍ならしむるの愛国心は亡国の心なり。これがために国を誤りしもの、古今その例少なからず。(植村正久)

 小生は日本の現状に満足せず。と同時に、浅層軽薄なる所謂非愛国者の徒にも加担する能はず候。在来の倫理思想を排するものは、更に一層深大なる倫理思想を有する者ならざる可らず。亦(しか)して現在の日本を愛する能はざる者は、また更に一層真に日本を愛する者ならざる可らず。(石川啄木)

 国家が人間性質にとっていとわしいやり方で行動する場合には、その国を滅ぼす方が害悪が軽微で済む。(スピノザ)

 国家というのは魂をもたない怪獣だ。(シモーヌ・ヴェイユ)

 テオドロスは、すぐれた人が祖国のために命を捨てないのは理にかなっていることだと言っていた。すぐれた人は、愚かな人びとのために思慮を投げ棄てることはないからだと。また、宇宙がわが祖国であるとも言っていた。(ラエルティオス)

 国籍が違っても階級が違っても、人間の生活感情や思想は互いに共通する部分の方が、相違する部分より遥かに多いのに、相違点を誇大に強調して対立抗争をしている。僅かな意見の相違や派閥や行きがかりのために、ただでさえ不幸になりがちな人生を救い難い不幸に追い込んでしまう。情けないことである。なにか大きいものが間違っていて、私たち人間を奴隷のようにかりたてている。一国の歴史、一民族の歴史は、英雄と賢者と聖人によって作られたかのように教えられた。教えられ、そう信じ己れを律して暮して来たが… だが待て、それは間違っていなかったか。野心と打算と怯懦と誤解と無知と惰性によって作られたことはなかったか。胸の中が熱くなり、また冷えた。(石光真清)

 国境なんてものは、地球上に勝手に引かれた線である。たまたま白組に編入されたからといって、そりゃ、運動会(オリンピック、ワールドカップ等)では、「フレー、フレー、シッロッグッミッ」とはやるけど、白組のために死ねとか殺せとか言われても、ちょっとなあ。(永江朗)

 私が「ナショナリズム」と言う場合に真っ先に考えるものは、人間が昆虫と同じように分類できるものであり、何百万、何千万という人間の集団全体に自信をもって「善」とか「悪」とかのレッテルが貼れるものと思い込んでいる精神的習慣である。しかし第二には-そしてこの方がずっと重要なのだが-自己を一つの国家その他の単位と一体化して、それを善悪を超越したものと考え、その利益を推進すること以外の義務はいっさい認めないような習慣をさす。ナショナリズムと愛国心とを混同してはならない。通常どちらも非常に漠然とした意味で使われているので、どんな定義を下しても必ずどこからか文句が出そうだが、しかし両者ははっきり区別しなければならない。というのは、そこには二つの異なった、むしろ正反対の概念が含まれているからである。私が「愛国心」と言う場合、自分では世界中でいちばんよいものだとは信じるが他人にまで押しつけようとは思わない、特定の地域と特定の生活様式に対する献身を意味する。愛国心は軍事的な意味でも文化的な意味でも本来防御的なものである。それに反して、ナショナリズムは権力欲と切り離すことができない。すべてのナショナリストの不断の目標は、より大きな勢力、より大きな威信を獲得すること、といってもそれは自己のためではなく、彼がそこに自己の存在を没入させることを誓った国なり何なりの単位のために獲得することである。(G・オーウェル)

by sabasaba13 | 2006-04-25 06:07 | 鶏肋 | Comments(3)
Commented by Pleiades Papa at 2006-04-25 14:24 x
こんにちは。さすがにアメリカが怒って、衝突回避となったようですが憲法改変を睨んだ危機演出の「愛国心ゴッコ」を見るだけで「全国民」を「愛国心」で一つに括るオソロシさに思い至ります。早速街で直に耳にしましたよ、「だから軍隊持たなきゃいけないんだよ」って。
「愛国心」を教育基本法に書き込みながら、小学校から英語教育を取り込むって(全くバカバカしい限りですが)矛盾してるようで実に単純に一貫してます。両方ともそれで誰が利益を上げるか?という一点に思い至れば。
Commented by Pleiades Papa at 2006-04-25 14:24 x
現代のように国家主義的傾向が強まり、国家から大衆動員が意図される時代にはマスメディアからジャーナリズムが駆逐されようとするのは本質的な宿命なのだと思います。そこで最近、「8割を対象に言説を創ればそれはメディア商売だ。2割を対象にすればジャーナリズムを喪失しないでいられる。社会の2割が正気なら悲劇は回避できる」と言いふらしているのですが・・・
アフォリズムは文脈と切り放たれて本人の意図と離れてしまいがちですが私の好きなヤツを(もちろん十分ご存知でしょうが)
「ナニ、忠義の士といふものがあつて、国をつぶすのだ。」(勝海舟)
「愛国心とは、悪党の最後の逃げ場所だ」(Samuel Johnson )
ところで「図説世界の歴史 全十巻」早速手配しました。
Commented by sabasaba13 at 2006-04-25 18:15
 こんばんは。推理小説で真犯人を見つけるコツは、その事件によって誰が最も利益を得るのかを考えることだと思います。これを政治や外交の動きにも適用すれば、けっこう事態がすっきりと見えてきます。だから「国益」などという曖昧で無責任で漠然とした言葉にわれわれは絶対騙されてはいけないし、政治家・官僚諸氏がこの言葉を使用したら具体的に誰の利益なのかについて、ジャーナリストはつきつめて暴き出して欲しいと思います。
 社会の2割が正気なら悲劇は回避できる… 言い得て妙ですね。私の感触では、正気な人の割合は1割7分ぐらいかな。私も警句のおまけを一つ。
「絶望の虚妄なることは正に希望と相同じい」(魯迅)
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