小幡・白井・桐生編(6):桐生(06.2)

 本日は天気予報どおり朝から小雨。高崎にある山田かまちデッサン美術館はカットして、天気が大崩れしないうちに桐生に行くことにしました。両毛線に乗ること約50分で、小糠雨降る桐生に到着です。言わずと知れた絹織物の街。古くから織物生産が行われていたようですが、江戸時代には幕府の保護を受けさらに京都西陣の技術を導入して絹織物業が栄えます。養蚕地帯を後背地にもつことや桐生川に面して交通の便が良いという利点も繁栄の理由ですね。明治・大正期には力織機+工場の導入でさらに栄えますが、化学繊維におされて生産に陰りがでているのが現状のようです。というわけで、織都桐生、前回見残したところをじっくりと徘徊したいと思います。駅の案内によると無料の貸し出し自転車があるそうですが無謀ですね、二本の足で歩き回ることにしました。まず観光案内所に行きましたが、開いておりません。営業時間の表示もなし。このそこはかとないやる気のなさがいいですね。駅前にいきなり「店商光坂」というモルタル建築や、煙草屋つきで左半分だけ錆びた摩訶不思議な看板建築を発見し、ほくそ笑む私。
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 しばらく歩くと上毛電鉄の終着駅、西桐生駅が見えてきます。装飾は少ないのですが、マンサール屋根の愛らしい駅舎です。切符売場窓口のデザインもアール・デコ調でしゃれてますね。二人の女性駅員に市内の観光地図を所望したところ、一所懸命に探してくれ、おまけに残部僅少というのに微笑みながらわけてくれました。多謝。
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 さて駅から街の中心部に向かって歩いていくと、右手にスクラッチ・タイルを張りつめた重厚な織物会館旧館、左手にはリボン・ウィンドウがついたル・コルビュジエを髣髴とさせるモダンな西公民館があります。今にして思うと、この桐生という街は様々な建築の陳列場ですね。土蔵、大谷石の蔵、商家、のこぎり屋根の工場、煉瓦造の建築、戦前の洋風住宅、コロニアル様式、雑居ビル、看板建築、廃墟、などなど。これは売りになると思いますが。
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 それはさておき、その先の左手にも古い洋館を見つけました。近寄ると廃墟と化した旧赤松医院。旧字体で「健康保険医」という表札があり、“帝”を図案化したマークがありました。これは珍品ですね。“大日本帝国”という表記が今でも残っているのは、議事堂前の標準点庫と東大構内にあるマンホールの蓋ぐらいしか、寡聞にして知りません。
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 目抜き通りである本町通りに出てみると、何と歩道に堂々と金精さまが祀ってあります。恐るべし、桐生…
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by sabasaba13 | 2006-04-26 06:06 | 関東 | Comments(0)
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