常陸編(1):内原(06.4)

 山ノ神が川に洗濯…ではなくて友人と長野に山菜取りに行くというので、神のいぬ間の洗濯、私も一泊二日の一人旅に出かけることにしました。円卓に頬杖をし、いろいろな選択肢を勘案した結果、水戸近辺に行くことに決定。第一日目には、内原にできたらしい満蒙開拓青少年義勇軍訓練所に関する資料館を見学して、水戸市にある派手な配水塔を見物して、「関東小さな町小さな旅」(山と渓谷社)で知った常陸太田を訪問。さあ第二日目はどうしよう。インターネットで調べた結果、古い街区と建物がよく残っている真壁という街が捜査線上に浮かんできました。そして水戸と真壁の間にある笠間にも寄って、笠間稲荷と日動美術館を見るのが無難なところかなと決定。水戸駅前のホテルを予約して、いざ出発。以前の土浦散策で、茨城県の恐ろしさの一端は思い知りましたので、今回もちょっと楽しみです。
 天気予報によると、今日は曇りで明日は晴れ。まずは常磐線に乗って水戸の手前にある内原へ向かいます。ここはかつて満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所があった場所です。どのような組織だったのか、岩波日本史辞典より抜粋します。「満州移民政策の一環として行なわれた青少年移民制度とその移民団。日中戦争下、労働力と兵員の動員で、成人の移民が困難になった1937年12月に青少年の送出が具体化し、翌年から実施された。対象は数え年16~19歳の農家二・三男で,府県単位で強力に応募が勧奨され、天皇制イデオロギーに基づく精神教育と軍事訓練を受け、満州各地に入植、その数は45年までに8万数千人となった。アジア太平洋戦争末期にはほとんどが軍に召集され、多くの死者を出した。」 そして内原訓練所は「満州移民および義勇軍政策の熱心な提唱・推進者である加藤完治の主導のもとに、1938年拓務省が茨城県下中妻村内原に開設。全国から集められた義勇軍志願者は、ここで3か月間、<日輪兵舎>とよばれる簡素な宿舎に起居し、天皇制イデオロギーに基づく精神主義的な農民教育を受けて渡満、各地に設けられた現地訓練所でさらに実践的な訓練を積んで入植した。」
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by sabasaba13 | 2006-07-02 08:19 | 関東 | Comments(0)
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