常陸編(3):内原~水戸(06.4)

 また歩いて駅に戻りますが、その途中にある地蔵院にも、義勇軍の遺骨を祀る「満蒙開拓殉職者之碑」がありました。合掌。そして内原駅に到着。駅前にはシャッターをおろした仕舞屋がありまして、「米軍機F15来るな!!県民集会」「これ以上の騒音と事故・犯罪の危険の持ち込み、米軍基地化は許さない」というポスターが貼ってありました。そういえばすぐ近くに百里基地があるのでしたっけ。沖縄でF15イーグルの飛来音を実際に聴いたことがある方は理解していただけると思いますが、人間性を粉々に磨り潰すような身の毛もよだつ爆音です。日本を防衛する気などさらさらなく、政府の奉納する駐留経費と治外法権が目当てで、軍需産業との癒着による利権確保と、中近東までを含む広範なアジア地域での軍事行動のために居座る米軍にはいいかげん退去してもらったほうが国益(注:われわれの利益!)にかなうと思うのですが。それでも日本全土への米軍基地拡散をもくろむ与党議員や防衛庁官僚諸氏には、ぜひ子弟をF15が飛び交う地域の学校に通学させてほしいですね。それはそうと、ご子息が自衛隊員としてサマワに駐屯している国会議員や高級官僚って何人くらいいるのかな。私の予想ではゼロ。メディア関係者の方々、念のためにぜひ調査して公表してください。
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 常磐線の電車に乗り込み、十数分で水戸に到着。途中で電車と併走する右翼の街宣車を見かけました。水郡線で常陸太田に向かう列車の発車時刻まで一時間弱ほど余裕があるので、宿泊するホテルに荷物を預かってもらい、配水塔を見物することにしました。ホテルでトイレを借りると、何と個室の中に吸殻の一本ある灰皿が設置してありました。喫煙に寛容な風土なのですね。よかよか。徒歩で水戸藩の藩校弘道館に行くと、その前にも右翼の街宣車があり、若者がせっせせっせと洗車をしていました。配水塔に歩いて行く途中でも、軍歌を大音量で流しながら路上をねり走る街宣車に遭遇しました。さすが水戸学発祥の地、右翼の活動を暖かく見守る風土なのでしょうか。それにしても右翼諸氏の活動資金というのか、どこから出資されているのでしょうか。だいたい想像はつきますが、ぜひ正確に知りたいところ。もひとつ知りたいのは、米軍兵士が沖縄の少女に暴行を加えた時に、右翼諸氏は抗議行動や殴り込みをしたのでしょうか。たぶんしていないですよね。このへんに日本の右翼運動を理解する鍵がありそう。
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by sabasaba13 | 2006-07-04 06:15 | 関東 | Comments(0)
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