常陸編(4):水戸~常陸太田(06.4)

 恐々と街宣車の写真を撮り、歩くこと十数分で水戸市水道低区配水塔に到着です。1932(昭和7)年に完成した、それはそれは装飾過剰な配水塔です。アール・デコ調の細部のデザインや、凝りに凝った浮き彫りの数々。現在は使用されていませんが、クリーム色に塗装されていて保存状態は良好です。満州事変の翌年には、まだ国粋的な風潮が蔓延していなかったのかな、などと当時のことに思いをはせながら、口を開けてしばし見つめてしまいました。街の大事なランドマークとして末永く保存をしてほしいと思います。
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 東武館の外観を見て、県庁の前を通り、駅前の水戸黄門像に挨拶をして、さあ水郡線に乗り込みましょう。上菅谷で乗り換えて、約40分で常陸太田に到着です。
 中世においては佐竹氏が支配、その後関が原の戦いで石田三成方についたことから出羽(秋田)に転封され、その後水戸藩が支配した地域です。帰りの時刻表を撮影し、ガイドブックにあった駅前の観光案内所にさっそく行ってみました。坂の多い街なので、電動自転車を貸してくれるという情報です。なかなかすぐれた配慮ですね、「ういやつじゃ、ちこうよれ」と賞賛の言葉を呟き、地図をもらい、さっそく自転車を借りました。が、故障のため、電動機部分を取り外した自転車しかないそうです。おいおいおいおいおいおい、異様に重い自転車をひきずって坂を登れというのかい。ま、でもないよりははるかにましです。あきらめて借り受けて、さあ出発。
 九州の杵築も坂が多く情緒のある街でしたが、谷底に町屋、両側の谷の上に武家町がありました。ここ常陸太田は、馬の背のような細長い台地上に町屋が連なっています。いきなり急な坂道にでくわし、途中でペダルをこぐことを断念し、呪詛を投げつけながらくそ重たい電動機なし自転車を押すはめになりました。世の中で、電動機を取り外した電動自転車ほど無益なものはありませんね。坂の上に着くと、そこには雲…ではなくて、既視感におそわれるようなそこはかとなく味わい深い街並みが並んでいます。私が育った昭和30年代の雰囲気にたっぷりと浸れそう。まずは腹ごしらえ、たかほし食堂に飛び込み美味しい肉うどんをいただきました。話好きのご主人からいろいろな話をうかがい、情報を仕入れ、さあ出発です。入り口に盛り塩があったのが心に残りました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-07-05 06:18 | 関東 | Comments(0)
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