常陸編(13):真壁(06.4)

 そして公民館に戻り、荷物を受け取り丁重にお礼を言ってバスの停留所へ出発です。地図によると、家々の間を抜ける細い道と、広い道があります。ううむ… いつもでしたら前者を選ぶのですが、虫の予感か単なる気まぐれか、後者を選びました。しぶい街並を慈しむように眺めながら、十分ほど歩くと停留所のある通りに着きました。すると目の前に小さな建物がぽつねんと建っています。ん? えっ? まさか… その形状から見て奉安殿ではないか… いそいそと駆け寄り解説板を読むと、間違いありません、奉安殿です。以下引用します。「奉安殿とは、戦前戦中にかけて全国の学校で、天皇皇后の御写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物のことです。紀元節・天長節・新年・明治節の四大節祝賀式の時には、職員生徒全員で御真影に対する最敬礼と勅語の奉読を行ない、また登下校時や単に前を通る際にも、服装を正し最敬礼をしました。」 そう、天皇=国家(その実体は官僚機構と常備軍)に対する忠誠を、子供たちの身体に刷り込むためのきわめて有効な仕掛け・道具です。そうした歴史を実感し、そして二度とこうしたことを繰り返さないため、貴重な歴史資料としてぜひ保存し続けてほしいと願い、また旅の先々で奉安殿を捜し歩いてきました。これまで講堂など建物内にある奉安庫としては旧滝部小学校(山口)、旧宇和町小学校(愛媛)、野田市立中央小学校(千葉)のものを、独立した建造物としての奉安殿は登野城小学校(沖縄)、函館護国神社(北海道)のものを、いずれも偶然発見しました。今回も、もし細い道を通って停留所の前に行ってしまえば、見つからなかったわけです。何てついているんだ! 解説によると、真壁小学校正門にあったものですが、敗戦時に壊すのに忍びず、二週間かけてソリに乗せこの地に移設したそうです。なお林さんという方が個人的に管理されているようで、この解説板も彼が自費によりつくったようです。
 すると50mほど先の停留所にバスが到着しました。時計を見ると16:25、下館行きのバスは16:45発なので、違うバスでしょう。まだまだ余裕があるのでじっくり奉安殿を見ることができます。コンクリート製で、四方に四つの小さな塔をもち、ペディメント(三角破風)やアカンサス(地中海アザミ)などの意匠を用いたギリシア神殿風のモダンな物件です。正面上部の菊の紋章がきれいに磨かれて輝いているのは林さんのお仕事かな。内部を見ようとしましたが、扉は開きませんでした。
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 思う存分写真にとって、ほあああ、さあ停留所に行きましょう。一応念のため、時刻表を確認すると、えーと、下館行きのバスは… 16:25発! さっきのバスだったんだああああ。次のバスは二時間後、岩瀬行き・つくば行きのバスもしばらくありません。公民館の方を恨むまい、郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんな私が悪いのさ。それにおかげで奉安殿を見られたことだし。明日は仕事があるので、タクシーで岩瀬駅まで行くことにしました。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-07-18 06:06 | 関東 | Comments(0)
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