房総半島編(5):館山(06.7)

 そして海沿いの道を洲崎(すのさき)へと向かいました。途中で洲崎第一・第二砲台跡があるはずなのですが、運転手さんは捜索を断念。洲崎灯台を見上げてUターンすることにしました。ふと脇を見ると、何やら源頼朝と刻まれた石碑がありました。車を止めてもらって近づくと、「治承四年八月二十八日 源頼朝公上陸地」という石碑です。そうか、石橋山の戦いで敗れた後、ここまで舟で逃げ延びたのか。そういえば、去年真鶴半島を歩き回った時に、「源頼朝船出の浜」という碑を見かけたことを思い出しました。歴史的な事件を通して、見知らぬ土地と土地が結びついていたことを知るのも、旅の楽しさの一つです。
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 さてその近くにある波佐間という小さな漁村に行き、第18突撃隊「震洋」特攻基地の台座跡を拝見。「たしかこのへんにあったような気がするなあ」と、またもや運転手さんが一所懸命に捜してくれた結果です。「震洋」とは、モーターボートに爆薬を積んで敵に体当たりするという特攻兵器。海中に顔を出している、コンクリートか石で作られた長方形のカタパルトらしきものが、かろうじて視認できます。人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」、そして特攻艇「震洋」。こうした自爆作戦を立案・計画して命令を下した軍人の子息は、この作戦に参加したのでしょうか。
 そして山中の道を走り、海軍砲術学校跡を訪れ、「平和祈念の塔」を見物。館山駅に戻って、ちょうど二時間の行程でした。別れ際に、「いい勉強になりました」と運転手さんに言われたのは、嬉しかったな。案内や道標もほとんどない状態で、よくぞ案内してくれました。多謝。それにしても、戦争遺跡めぐりのための情報や施設をもっと整備してほしいと思います。他にも多くの遺跡があるのですが、また機会をつくって再訪することにしましょう。

●南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム http://www.internet-ex.com/npo/index.html

 「震洋」については、下記のHPをごらんください。
●かわたな 知られざる特攻艇
   http://www.edu.nagasaki-u.ac.jp/private/fukuda/report/sinyo/new.htm

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-08-01 20:20 | 関東 | Comments(0)
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