房総半島編(6):野島埼灯台(06.7)

 さて、駅前からバスに乗って、野島埼灯台に行きましょう。そうそう、ずっと気になっていたのですが、「埼」と「崎」はどう使い分けるのでしょう? 実はこの灯台のことを調べていて疑問が氷解しました。地形図を作製していた旧陸軍陸地測量部(国土地理院の前身)が「崎」を使い、海図を作製していた旧海軍水路部(海上保安庁海洋情報部の前身)が「埼」を使っていたため、海上保安庁所管である灯台名には「埼」が付けられることが多いとのことです。合点合点。
 館山駅から南に向かい、一山超えて海に出ると、「布良(めら)」というバス停がありました。青木繁が「海の幸」を描いたのは、ここだったのですね。バスの本数も少ないし、以後の旅程を考えて、訪れることは断念しました。そして約40分で灯台入口に到着。ここから歩くこと十分弱、厳島神社の脇を通り抜けると野島埼灯台が見えてきます。断面が八角形をした、ちょっと変わった形態ですね。1869(明治2)年に、日本の洋式灯台としては観音埼灯台についで二番目に点灯したものですが、残念ながら関東大震災により倒壊して、これは二代目とのことです。ちなみに初代の設計は、ヘンリー・ブラントンとともに近代日本における灯台建築で大活躍したフランス人技師ヴェルニーによるものでした。ヴェルニーといえば、幕臣小栗忠順(ただまさ)と組んで横須賀造船所を建造した人物として忘れられませんね。迫りくる江戸幕府崩壊を察知しながらも、「土蔵付き売家の栄誉を残すべし」と言って、日本の近代化のために造船所建設に尽力し、しかも節を曲げずに最後まで明治新政府への抵抗の姿勢を崩さなかった小栗という男がいたことも肝に銘じておきましょう。
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 さて、ここは燈光会が管理しており、中に入って上部に上ることができます。入口付近にたむろする、病気もちのような数匹の野良猫の間をすりぬけ、螺旋階段を登りきると、眼下には荒波が砕け散る岩礁、そして果てしなく広がる太平洋を望むことができます。おそらく晴れていたら、伊豆半島や大島も眺望できるのでしょう。なおとなりには「きらりん館」という資料館が併設されていますが、展示資料が少なく物足りません。係の方が、病気の子猫をかいがいしく世話していた姿が心に残りました。
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 帰りに、厳島神社の境内を抜けると、巨大な男根を祀った祠と、大山巌揮毫による日露戦争記念碑がありました。豪放磊落というイメージを勝手にもっていましたが、けっこう繊細で優美な書を書く人だったのですね。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2006-08-02 05:18 | 関東 | Comments(0)
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