房総半島編(10):大多喜(06.7)

 大多喜。中世末期に武田氏が大多喜根古屋城を築いたが、のち正木氏に引き継がれ、1590(天正18)年に徳川四天王の一人本多忠勝が10万石で入封し、大多喜城を築きました。その後領主の交代を経て1703(元禄16)年に松平氏が2万石で移封されて幕末に至ります。城下町の街割りや古い商家・民家が残る、房総の小江戸と呼ばれているそうです。
 大多喜駅で降りると、ホームに本多忠勝のはめこみ(穴の開いた部分に顔を入れて記念写真をとるボード)がありました。作品自体は凡百なものですが、裏を見ると「大多喜高校美術部作成」と書いてあります。高校生も町興しに一役買っているわけだ、ほのぼのとしますね。でも若いのだから、もっと外連みにあふれた奇抜な作品にしてもよかったのではないかな、と老爺心ながら思いました。
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 駅前の観光案内所に行くと、幸いなことに自転車を貸してくれるようです。しかも一日300円! さっそく借りて、地図をもらい、ついでにここから久留里に行けるかどうか尋ねてみました。以前あった路線バスはなくなり、木更津まで行って久留里線に乗るしかないので事実上無理ということでした。せんかたなし。大多喜でのんびり過ごすことにしましょう。
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 まずは町の目抜き通りをつーいと走りぬけ、街の雰囲気を体感しました。街と人間を荒廃させる元凶のコンビニエンス・ストアが一軒あったのは残念至極ですが、全体的に落ち着いた雰囲気ですね。古色あふれる家が散在し、それと調和するように古い様式でリフォームした家も多く、街灯や看板にも時代色をつけるなど努力の跡が見受けられます。城下町特有の、直角に曲がる道路もちゃんと残っていました。そして何といっても自動車の少なさが素晴らしい! よって歩道もなく、みなさんのんびりと往来を行き来されていました。やはり街を人間様の手に取り戻すべきですね、トラフィック・カーミング(交通鎮静化)大賛成。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2006-08-09 06:59 | 関東 | Comments(0)
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