房総半島編(12):大多喜(06.7)

 さて次は大多喜城です。踏切を越えると、「スペイン坂」じゃない「メキシコ通り」という道路標示がありました。????? 解説を読むと、1609(慶長14)年フィリピン総督ドン・ロドリゴがアカプルコに帰る途中に台風で難破しました。夷隅郡の漁民が乗組員を救助し、彼は大多喜城主の本多忠朝に手厚くもてなされ、さらに家康から船を提供され無事ヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)に帰国することができたそうです。この時のことを彼が記録として残したのが「日本見聞録」、この船に同乗してはじめて太平洋を横断した日本人が商人の田中勝介、などといった懐かしの受験日本史の知識が脳裏をよぎります。メキシコ大統領が大多喜を訪れた時に、こうした事跡を記念して命名したそうです。道路にはアステカ文化のデザインを模したタイルが貼ってあり、なかなか楽しいですね。まずは大多喜高校内にある、城の唯一の遺構である薬医門を拝見し、大井戸を捜しましたが発見できず。そうそうにあきらめ、城に向かいました。
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 駐車場に自転車を置き、土産屋を見ると風雨にさらされ古色蒼然とした本多忠勝のはめこみがありました。よーく見るとフジフィルムのロゴマークまで手書きです。何かいわくがありそうですね。
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by sabasaba13 | 2006-08-11 08:09 | 関東 | Comments(0)
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