「もうひとつの日本は可能だ」(内橋克人 光文社)読了。筆者は経済評論家で、現在の世界と日本の経済の問題点を、わかりやすい言葉で解き明かしてくれます。そして特筆すべきは、その評論を支える“志”の高さです。
筆者は世界の現状をこう分析します。今、世界を呑み込んでいる「グローバリズム」という奔流は、地球上に存在するもののすべてをビジネス・チャンスの対象とみなし、人間存在にとって不可欠な公共財のすべてを貪欲な利潤追求の対象に変えてしまっている。そして熾烈な競争と生き残り戦争に狂奔し、人間を使い捨てあるいは排除していく歪んだ世界。日本においても膨大な財政赤字、処理困難とさえみえる巨額の不良債権、あい次ぐ企業倒産、容赦ないリストラ、絶えることない過労自殺、際限もなく膨張する国民負担などなど、その歪みは頂点に達しています。しかしアメリカに追随する政治家・識者・官僚たちはこうした痛みを「宿命」であるかのごとく平然と見下ろすと同時に、社会に生きる人々の間に分断と対立を煽り、競争一本やりが社会を活性化する道だ、などと唱えつづけている。 こうしたおぞましい事態に対して、思想家・社会運動家のスーザン・ジョージ(ATTAC副代表)を中心に、人間を主人公とする「もうひとつの世界は可能だ」と主張しその実現に向けて取り組む運動がおきています。これにならい、「もうひとつの日本」を築く取り組みを紹介するとともに、人びとの連帯・参加・共生こそが社会を支える人間精神の基本だと、静かにそして力強く主張しているのが本書です。 イラク戦争に関する分析は、大変参考になりました。この戦争の本質は、イラクを暴力的・強制的に「グローバリズム」にひきずりこむためのものであり、同様の過程は日本に対しても非軍事的な手段で時間をかけてすでに行われすでに目的を達成したのだという指摘は鋭い。そして「クローバリズム」にとって目障りかつ驚異的な存在がイスラムであるということ。イスラムでは、労働の対価以外の報酬を受け取ってはならず、したがってイスラムの金融機関は利子・利息の概念そのものを禁じているそうです。うーん、これは貪欲な資本主義に真っ向から対立する価値観ですね。だからこの戦争のねらいの一つは、イラクを「グローバリズム」の橋頭堡あるいはショー・ウィンドウとし、イスラム世界を市場原理主義に巻き込むことである。 対立する価値観をもつ社会主義国が存在していた時代は、それに対抗するために資本主義国は福祉国家という手段をとらざるをえなかった。その過重な負担を悪夢であったと考えているのでしょうね、資産家・多国籍企業は今度はその対立する価値観そのものをさまざまな手段を用いて制圧しようとしてるのかもしれません。さらに戦争は、軍事産業が儲け、その復興によってゼネコンが儲けるという、新しいビジネス・チャンスになったという面も見逃してはいけません。壊して殺して稼ぎ、復興して稼ぐ、凄い! 全ての存在を利潤追求の対象とする「クローバリズム」の面目躍如ですね。 それではわれわれはどうすればよいのか? まず商品責任・社会的責任・適正利益を全うしようとする真っ当な企業への支援です。例えば、アメリカのアメリカのベン&ジェリー社というアイスクリーム会社は、バーモント州の零細な酪農家を支援するためにそこで作られた無添加の天然素材のみを使用すると宣言し、自立農の減少によるアメリカ民主主義の空洞化を恐れる人々の支持を集めているそうです。さらにこの会社は、公正な労働対価を求める「SWEAT×」というNPOへの100万ドルの基金提供、貧困層が同社のアイスクリーム店を開く時にはフランチャイズ料をとらない、など社会的弱者への積極的な支援を行っています。口先だけで「人間と地球に優しく」などと囀っている企業と、具体的な対策や支援策を断固として実行している企業を見分け、後者へ物心両面でエールをおくることが重要ですね。われわれは労働者・生産者として弱体化されていますが、消費者としては企業を動かすための力をもっているはずです。あとはほんのちょっと努力して、ろくでもない企業を見抜く力量を身につけましょう。日本でもこうした企業が輩出してきたことは嬉しいですね。詳しいことは同著者の「共生の大地」(岩波新書)をご覧ください。 日本の将来に対する著者の考えは、食糧・エネルギー・人間関係(さまざまなケア)の自給自足をなしとげるべきだというものです。確かに、日本の首相がアメリカ軍の軍曹・伍長、アメリカ政府の課長としてしかふるまえない理由の一つは、食糧とエネルギーという首根っこを押さえられているからです。エネルギーに関しては無理だ、とおっしゃる方もいるかもしれません。しかし、1970年代初頭にエネルギー自給率1.5%だった資源小国デンマークが、風力・太陽・バイオマス発電を積極的に導入し現在120%の自給率をほこるという事実もあります。間違いなくその技術は有しているのですから、後は政治を動かさんとするわれわれの意思の問題でしょう。 農業に関しては恐るべき事態を警告されています。以下引用します。 日本が大量の穀物を買うことを通じて、世界の需給関係が逼迫しますから、穀物の国際相場が値上がりし、飢餓にあえぐ貧窮国がそれだけ穀物の調達難に陥いる。結果、それらの国々は、先進国からの援助とか、あるいは支援、ODAを受けざるをえない。あるいは借金をする。それで債務が膨らむという悲惨な循環にはまってしまう。情けない話ですが、こうした状況については全く知りませんでした。われわれが穀物メジャーの強化を手助けしていたのですね。同時に、おそらく21世紀にもっとも貴重な資源となる水を、農業に使わず無駄に海に流すことによって、世界の水飢饉に拍車をかける。米1kgの収穫には5100リットルの水が必要だそうです。つまり日本が他国に食糧をつくらせれば、それだけ大量の水が消えてしまう。アメリカ政府+穀物メジャーの意向を受けた低自給率政策なのでしょうが、この冷厳なる事実を銘肝すべきでしょう。 というわけでお薦めの一冊です。たしかに闘う相手は、資産家・多国籍企業、そしてそれらを支える先進国政府と、強大な力をもつ連中です。つい金子光晴の「子供の徴兵検査の日に」という詩の一節が浮かんできます。 ―だめだよ。助かりつこないさ。でもこんな言葉もあります。 われわれの戦いの見込みのないことは戦いの意味や尊厳を少しも傷つけるものではない。
by sabasaba13
| 2006-09-19 06:09
| 本
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Comments(4)
sabasaba13さん、こんばんは。
「もうひとつの日本は可能だ」を拝見し、金子光晴を詠った拙い短歌にまたTBさせていただきました。
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sabasaba13 at 2006-09-25 20:30
こんばんは。どうぞどうぞ大歓迎です。金子光晴が多くの方に知られるようになれば、嬉しいことこの上もありません。
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magic-days at 2006-09-27 08:12
こんにちわ、ここを読む時は頭が疲れて無い時に・・・
で今日やっと拝見しました。有り難うございます。 イスラムの金融機関は利子・利息の概念そのものを禁じているそうです。> こういう国があったのですね。とても安心しました。 色んな事への影響とか細かい事は考えられませんが、 株とか利息に関して何だか自分が働いたお金じゃ無いだけに 真っ当で無いと言う気がして株は買った事は無いです。 銀行にお金を預けてますが、これは安全のためです。 農業や環境については関心がありますが、今は小さい事から (家事をやってる立ち場から)です。 なるべく「大地」と言う環境に優しい生活物資を支援する グループのものを買います。 家の周りはまだ農業をやっていますから、そこからも買います。 この頃は有機栽培が殆どで、草取りなど夏は大変そうです。 そういう姿を見る度に「頑張ってください。農業続けて下さい。」 と勝手な事をほざいてます。 国を支えるのは農業だと本当に思ってますから!!
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sabasaba13 at 2006-09-28 20:08
こんばんは。読みづらい文章で申し訳ありませんでした。
利子についてミヒャエル・エンデの次のような言葉があります。「ある人が西暦元年に1マルク預金したとして、それを年5%の複利で計算すると現在その人は太陽と同じ大きさの金塊を4個分所有することになる。一方、別の人が、西暦元年から毎日8時間働き続けたとする。彼の財産はどれくらいになるか。驚いたことに、1.5gの金の延べ棒一本にすぎないのだ。この大きな差額の勘定書は、いったいだれが払っているのか。」 本当に誰が払っているのでしょうね。金融取引で巨利を得た人や高額利子所得者に課税する(いわゆるトービン税)だけで、世界は確実によい方向に変わると思います。 農業に関しては、食糧自給率100%以上をめざさない政治家は信用できません。「美しい国」などという寝言を言っている暇があるなら、安全な食糧を自給できる「まともな国」にしてほしいものです。
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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